政府税制調査会の資料から、海外における「記入済み申告書」について理解を深めます。
説明のポイント
- 「記入済み申告書」がない日本は、別に遅れているわけではない
- 各国の税制の特徴を踏まえる必要がある
記入済み申告書とは
何かと手間のかかる印象のある確定申告。その確定申告書に、もし、あらかじめ数字が記入されているとしたら、どうでしょう?
なんか便利そうですね。海外の国では、そのような制度があるそうです。
こうしたことから、「海外は数字が記入済みの申告書なので便利! 日本は遅れている!」という発言を見かけることがあります。
これって本当なのでしょうか?
政府税制調査会の資料
こうした「記入済み申告書」の制度比較について、よく理解できる資料がありました。
それは、昨年2017年6月に行われた、政府の税制調査会の資料です。税制の専門家が海外を訪問し、各国の税制を調査してまとめた資料が公表されています。
この内容から、いくつか重要な点をあげてみましょう。
1.「記入済み申告書」じゃない国は、日本以外にもある
ある種の切迫感から、よく見かけるのが「日本遅れてる」論。
「記入済み申告書」が話題になるのも、そのような文脈が多いように感じています。
しかし、政府の税制調査会の資料を見ると、「記入済み申告書」を実施していない国は、日本だけではありません。
日本以外にも、ドイツ、韓国、イギリス、アメリカも「記入済み申告書」は導入していません。
だから安心してください。「記入済み申告書」ではないとしても、単にそれだけをもって「制度的に遅れている」わけではありません。
2.年末調整がある国は、「記入済み申告書」を実施していない
なんで記入済み申告書を導入していないかというと、これらの国々には共通点があります。
それは、年末調整を実施しているということです。(アメリカを除く)
年末調整は、ほとんどの給与所得者にとっての「確定申告」の役目を果たしています。
説明不要でしょうが、年末調整とは、会社の従業員がすべき1年間の税額計算を会社が代行する処理をいいます。
日本のサラリーマンの多くが、意識をせずとも確定申告をしなくていいのは、この年末調整の制度があるからです。
このことから、年末調整は事実上の「記入済み申告書」の役割を果たしているうえに、提出までしてくれている……といえるでしょう。この点を無視して「記入済み申告書」を語るのは無理があるといえます。
3.「記入済み申告書」のある国は、総合課税
「記入済み申告書」を採用している国と、採用していない国(=年末調整実施国)を色分けすると、税のしくみにも違いが見られます。
それは、「分離課税」という制度があるかどうかです。
分離課税とは、本来の課税(総合課税)とは別枠の計算制度です。例えば、金融所得(株の売却益など)を、別枠で計算する方式をいいます。
下の表は、「年末調整がない国(=記入済み申告書の実施国)」です。
金融所得の取扱いを見ると、スウェーデン以外は「総合課税」になっています。日本のように「分離課税」ではなく、金融所得も「総合課税」になっています。
また、日本を含む「分離課税」の国では、金融所得は源泉徴収されて申告不要となっています。
どちらが効率的かといえば、むしろ、記入済み申告書のない「分離課税」の国々ではないでしょうか?
例えば日本では、株式等の所得について「特定口座制度」があり、自動で課税計算されます。これも一種の「記入済み申告書」のようなものと考えられるでしょう。
「記入済み申告書」を考えるうえでは、各国の税制にも注目すべきといえます。
4.「記入済み申告書」でも、すべて記入済みとは限らない
「記入済み申告書」という名前だけを聞くと、たいへんに便利そうですが、全部の情報が網羅されているわけではありません。
確定申告をしなければならない事業所得者にとっては、「記入済み申告書」であっても、状況はあまり変わらない印象です。
例えば、カナダは2015年から「記入済み申告書」を導入したようです。
しかし、記入済みとなっている情報は、「既存の制度上当局が入手可能な法定調書等の情報のみ」とされています。
当然ですが、「記入済み」にできるのは、課税当局が支払調書から把握した情報にとどまります。ちなみに「支払調書」とは、国が企業から収集した取引情報のことをいいます。
自分のことは自分が一番知っているわけですから、正しい申告書を作れるのは自分ということでしょう。
この点を見ても、「記入済み申告書」を万能のように考えるのは無理があります。
まとめ
以上の話をまとめると、日本の制度も別に劣っているわけではない、ということがわかります。
「海外は記入済み申告書だから便利」という考え方は、ひとつの断片を切り取った理解といえるかもしれません。
もちろん、日本で行われている年末調整の制度に、不効率な点は多々あるとされています。政府もこうした点を認識しており、効率化を図る方針のようです。