平成28年度の税制改正案で、インボイス制度の導入が検討されています。インボイス制度が導入されると、免税事業者は取引から排除される恐れがあるといわれています。この点について解説します。
説明のポイント
- インボイス制度の導入後、免税事業者からの仕入れは消費税の税額控除ができない
- 仕入れが同額なら、課税事業者から仕入れたほうが有利なため、免税事業者は排除される懸念あり
- 下請けなど企業相手の仕事が中心の免税事業者は、課税事業者の選択を迫られる
重要
消費税率の10%への引上げと軽減税率の導入は、2019年10月1日に延期されました。インボイス制度の導入も、2023年10月1日に延期されています。
インボイス制度による免税事業者への影響
免税事業者とは、前々期(基準期間)の課税売上高が1,000万円以下のため、消費税の納税義務を免除された事業者をいいます。
インボイス制度が導入されると、発行されるインボイスには消費税の額が明記されます。また、インボイスを発行できるのは課税事業者に限られます。免税事業者はインボイスを発行できません。
このため、免税事業者がインボイスを発行できないことによって、取引から排除されるのではないか、という懸念があります。
取引から排除される懸念とは?
結論から先にいうと、対事業者取引の免税事業者はインボイス制度によって大きな影響を受ける可能性が高いです。
2016年2月23日、24日の衆議院の財務金融委員会で、免税事業者に関する問題が採り上げられていました。その議事録は衆議院のホームページで読むことができます。
参考:財務金融委員会会議録(第190回)(衆議院HP)
2月23日(第5号)は上田勇委員と宮本岳志委員、2月24日(第6号)は落合貴之委員と丸山穂高委員が発言しています。
このうち、日本共産党の宮本岳志委員が挙げた、税務大学校の論文「消費税の複数税率化を巡る諸問題」(望月俊浩、平成15年(2003年))から問題点を確認します。
EU型のインボイス方式を採用するとすれば、この免税事業者の取引排除の問題はやむを得ないものと割り切るしかない。取引排除を免れようとする免税事業者は課税選択を行い課税事業者となることとなる。
このために課税選択を強いられる事業者は、取引の中間段階に介在し、他の課税事業者に対して課税資産の譲渡等を行う者である。
具体的には、①下請け企業、②商品等の加工を行う家庭内労働者(内職)、③課税事業者向けの雑役務の提供者、④市場等に農作物を出荷する農家等の取引の中間段階に存在する事業者が挙げられている。
一方、小売業、対消費者向けサービス業のように消費者又は免税事業者のみを対象として事業を営む事業者には課税選択の必要性は生じない。
(※引用にあたり、読みやすいように改行を加えました)
つまり、対消費者で商売を行う免税事業者には影響はないが、下請け企業など業者相手の取引を行う免税事業者には影響が生じるということです。
問題点の図解
この問題点を図解します。下記の図は、インボイス制度導入前の現行の処理です。
売上側(下請け業者など)は、免税事業者であっても、消費税を請求する(正確には請求書に「消費税」と記載する)ことは問題ありませんでした。
国税の考えでは、免税事業者は消費税を納税していないのだから、もともと消費税は請求していないものとして扱っています。
じゃあ、免税事業者は請求書に「消費税」と書いたらダメじゃないか? と思われるでしょうが、免税事業者が「消費税」として請求した部分は、それも本体価格(税抜)の一部であると考えます。
このように扱うのは、インボイスの登録のしくみがないので、請求書にどのような方法で記載しても自由だったからです。
また、仕入側(元請け業者など)の課税事業者は、免税事業者と課税事業者のどちらから仕入れても、消費税の納税額を計算する場合に、税額を控除(納税額を減らせる)できます。
請求された側では、相手方が免税事業者であるかの見分けがつきませんので、免税事業者の請求書に消費税が書かれていても、課税事業者と同じように「税抜+消費税」であると考えます。
上記の図をもう一度見ると、図①と図②はともに、税額控除後の負担が100となっています。図①と図②の請求書の形式はどちらでもよく、請求書の形式で消費税が明記されているかどうかは関係ありません。
つまり、免税事業者が「消費税」を上乗せして請求書をつくっても、請求した側・請求された側ともに、これまでは問題なかったわけです。
しかし、インボイス制度の導入後は、免税事業者と課税事業者で扱いが変わります。
インボイス制度導入後
若干見づらいでしょうが、先ほどの図と比較しながらご覧ください。
インボイス制度導入後は、課税事業者しかインボイスを発行できないので、免税事業者は消費税を請求できません(図③)。
一方、仕入側の課税事業者から見ると、免税事業者と課税事業者からの仕入れ価格はどちらも110(図④と図⑤)ですが、免税事業者から仕入れた場合(図④)は、
- 税額控除ができない
- 費用が増えて利益が減る
という結果になります。合理性を考えれば、仕入側(元請け業者)は、その仕入先として課税事業者の下請けを選ぶ(図⑤)のが当然です。
免税事業者の対抗策は値下げしかない
こうなると、免税事業者が取り得る対抗策は、本体価格を110から100に値下げすることです。
仕入側では、免税事業者から仕入れても負担額が100(税額控除0)ということになり、免税事業者(100)と課税事業者(110)からの仕入れについて、負担額の違いは生じません。
しかし、売上側の免税事業者にとっては9%(10÷110)の売上減となり、経営に大きな打撃をこうむります。
また、インボイス制度が導入されると、インボイスを発行できる事業者(課税事業者に限る)もすべて公表される予定です。
つまり、すべての事業者について、課税事業者と免税事業者のどちらであるかの見分けがつきますので、免税事業者が「自分は課税事業者だ」と言い張ることはできません。
免税事業者に対する配慮
インボイス制度の導入によって、免税事業者が厳しい状況下におかれるため、取引から排除される懸念もあります。
この問題を緩和するため、平成28年度税制改正案は、次の対応を示しています。(※消費税率引上げ延期後の措置案に修正済み)
期間 | 免税事業者からの課税仕入れに対する控除割合 |
2023年10月1日~2026年9月30日 | 80% |
2026年10月1日~2029年9月30日 | 50% |
計算方法の詳細は不明ですが、上記の図④ならば、本体110を「税込」とみなして、消費税相当額10のうち、80%の8を税額控除として認めることになると考えられます。
しかし、課税事業者からの仕入であれば税額控除は10ですから、免税事業者が不利な点は否めません。
まとめ
免税事業者が不利になる問題について、具体的な図解で説明しました。
課税事業者にとって免税事業者との取引は不利になるため、下請けなどの中間業者は、課税事業者への移行を迫られる事態が想定されます。
一方、課税事業者に移行しない免税事業者は、元請けから消費税相当分の値下げを迫られる可能性が高まります。
免税事業者は、届出書を税務署に提出することで、次の課税期間から課税事業者に移行できます。ただし、免税事業者が課税事業者になることで生じる事務負担の増加にも、目配りが必要です。
追記(2016/7/20)
日本税理士会連合会は、税制改正への建議でこの問題の解決案を提示しています。その解決案とは、すべての事業者を課税事業者としたうえで、課税売上が僅少な事業者は申告不要とする制度に改めることです。
現在の制度では、基準期間によって課税事業者と免税事業者のいずれかを判定していますが、すべての事業者を課税事業者にすれば、免税事業者の排除問題も同時に解決するとしています。
参考:【PDF】平成29年度税制改正に関する建議書(平成28年6月23日)のページ番号2と11