安倍内閣は、平成29年(2017年)5月30日に「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」を閣議決定し、続いて6月9日には「未来投資戦略2017」を発表しました。これらの計画から、中小企業の業務に影響を与える内容を確認します。
説明のポイント
- 政府のIT投資戦略の方針から、中小企業の業務に影響を与える内容を抜粋している
- 国家の掲げるフィンテックの推進とは何か?
- バックオフィスのクラウド化は「国策」に位置づけられた
世界最先端のIT国家を目指す日本
政府はかねてより、ITを活用した政策に力を入れています。
とどまることを知らない技術の進歩に対応するため、新たに「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」が閣議決定されました。
また、その直後の6月9日には、「未来投資戦略2017」が発表され、政府の進めるべき改革の具体案が公表されています。
これらの内容から、中小企業の業務に影響が生じる項目を見てみましょう。
中小企業の業務にどのような影響を与えるか?
「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」では、官・民がそれぞれ保有するデータの利活用社会のモデル構築が課題として挙げられています。
閣議決定された資料は次のとおりです。
参考:【PDF】 世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」が閣議決定されました。(首相官邸、2017年5月30日)
なお、官民データの利活用については、【PDF】「官民データ活用推進基本計画に関する国の施策一覧」のほうが見やすいですので、この一覧表から関係のあるものを抜粋します。
(以下のタイトルについている番号は、この施策一覧の該当Noです)
9 社会保険・労働保険関係事務のIT化・ワンストップ化
計画によれば、「社会保険・労働保険に関する手続に係る事業者の負担軽減を図るため、この分野でのオンライン利用の利便性向上を図る必要」があるとしています。
また、「平成32年度までに電子化を徹底するための工程表を作成」するとも書かれています。
「社会保険・労働保険」の電子申請は、税務や登記などに比べて、その利用率が非常に低いとされています。事実として、社労士の関与のない企業では、社会保険などの申請書を紙で提出していることも多いでしょう。
紙で提出するのは、電子申請が非常に使いづらいからです。e-Govのシステムで電子申告を実施しようと考えても、はっきりいって絶望的に難しい仕様になっており、ITの知識の乏しい企業が独力でできる制度になっていません。
ただし、2014年にAPIの外部連携を開放したことで、民間業者の申請ソフトの利用が急増しているという調査レポートもあり、電子申請の利用数の改善が期待されます。
参考:中小企業向け 「社会保険・雇用保険の電子申請対応型クラウド労務管理ソフト」の市場動向 – 調査結果(シーズプランニング、2017年1月)
10 住民税の特別徴収税額通知の電子化等
従業員の住民税については、会社を経由して、市区町村に納付しています。これを住民税の「特別徴収」といいます。
毎年5月頃になると、「今年度は従業員のみなさんについて、これだけ住民税を徴収してください」という通知表が、市区町村から会社宛に送られてきます。また、その通知表には、従業員用の通知用紙が同封されています。(下画像)
これら税額通知は、現在のところ紙ベースの処理になっていますが、これを電子化していくことが計画に挙げられています。
現行では、会社(特別徴収義務者)への通知が最近電子化されましたが、対応している市町村は少数で、改善が急務です。
また、従業員(納税義務者)への通知は、電子化を実現できていません。これらについては、「平成29年中に電子化の可能性を検討」するとされています。いずれは従業員のマイナポータルに直接通知されるしくみになるのでは、と考えられます。
62 法人が活動しやすい環境の推進
「法人が活動しやすい環境の推進」として、「法人番号公表サイト等のシステム改修」が計画されています。
具体的には、法人名のフリガナ表記について、「平成30年度早期に、登記手続の申請の際にフリガナの記載を求める」とともに、法人番号公表サイトにおいて、フリガナ情報の提供を開始するとのことです。
77 電子レシート(購買履歴)データの流通の検討
クラウド会計利用者にとって興味深い内容もありました。「電子レシート(購買履歴)データの流通の検討」という計画です。
現状の問題点としては、「家計簿アプリ等が普及しつつあるが、レシートの電子化・標準化が進んでいないため、消費者本人による購買履歴データの蓄積・活用に限界が存在」していると述べています。
そのうえで、「平成29年中に電子レシートの標準フォーマットを策定するとともに、平成32年度までの目標値の設定等を行い、電子レシートの導入を促進」すると述べています。
この対応でどのような変化が生じるでしょうか?
まず、電子マネーを利用した履歴について、フォーマットが定められれば、さらに会計に活かしやすくなります。会計ソフトへの入力は、現金決済の比率が減少し、経費精算においても、連携する電子マネーから取り込む方式が主流になるでしょう。
また、このフォーマットが発展すれば、いずれは紙のレシートを発行せず、電子レシートの発行だけで対応する日もくるでしょう。
155 クレジットカードデータ利用に係るAPI連携の促進
もう一点、クラウド会計利用者に興味深い内容です。
「平成29年度中にAPI連携の在り方に関する報告書を取りまとめ、クレジットカード会社とFinTech企業におけるAPI連携を促進」するというものです。
API連携の利用により、カード会社に蓄積された利用明細を取得しやすくする方向性が検討されています。
オンラインバンキングについては、すでに一部の銀行でAPI連携が進められていますが、クレジットカードでも同様の対応が期待できそうです。
「未来投資戦略2017」ではどう書かれているか?
2017年6月9日に発表された「未来投資戦略2017」では、フィンテックの推進として意欲的な内容が掲げられています。
- 今後10年(2027年6月まで)で、キャッシュレス決済比率を倍増し、4割程度とすることを目指す
- 今後5年(2022年6月まで)で、クラウドサービス等を活用してバックオフィス業務を効率化する中小企業等の割合を現状の4倍程度とし、4割程度とすることを目指す
衝撃的な内容は、中小企業のクラウド利用率を今後5年で4割とすることです。
つまり、クラウドサービスの利用したバックオフィス業務の推進は「国策」として位置づけられたわけです。
個別の項目を見ると、
- 経済産業省などにおいて、IT・クラウド化の状況について目標値を検討する
- 電子決済等代行業者による電子帳簿保存法への対応を推進する
- 全銀システムの24 時間365 日対応化
- 金融EDI の推進
- XML 新システム等のデータを活用した融資サービス・税務対応の容易化等
- 手形・小切手について全面的に電子的な仕組みへと移行する
- クレジットカード利用時の加盟店における書面交付義務の緩和について、電子メール等の電磁的方法も可能とする
- クレジットカードデータ利用に係るAPI 連携の促進
- レシートの電子化を進めるためのフォーマットの統一化
という内容も挙げられています。
まとめ
国の掲げるIT国家戦略から、中小企業の業務に影響を与える内容を確認しました。
個人的に衝撃を受けたのは、バックオフィスのクラウド化が「国策」に位置づけられたことです。今後5年間でクラウドサービスを利用する中小企業の数を、5年間で4倍に増やすということは、会計事務所が関わる業務においても多大な影響をおよぼすことでしょう。
このほかにも、電子決済業者による電子帳簿保存法への対応が掲げられていることも注目です。
これらを見ると、とにかく手入力や紙ベースによる不効率な処理を撲滅し、業務効率を追求する動きがいっそう強まっていくことになります。