古代中国の漢帝国を建国した劉邦について採り上げます。幹部の活躍が、組織を引き上げた事例を見ます。
漢と楚の戦い
2200年前に始皇帝が建国した秦帝国は、3代で滅びました。その大規模な反乱の中で登場したのが、漢の劉邦と、楚の項羽でした。
漢と楚は、中国の統一を巡って激しく争います。その争いのなかでは、様々なドラマが生まれました。
劉邦のライバルである項羽については、自分本位なリーダーシップにより、組織が荒廃して敗北した事例を以前に紹介しています。
参考:【楚の項羽】自分が優秀なだけでは組織を維持できなかった事例 2200年前の歴史から学ぶ(当サイト、2016年5月31日)
劉邦という人物のリーダーシップ
項羽は一騎当千の武者で、本人もそれに自信を持っていました。
それに対して劉邦は、武力も学識も、秀でた能力は一切ありません。さらに、劉邦は農民出身であり、名門の家柄だった項羽とは対象的です。
しかし、劉邦は性格が温厚で、多くの人から慕われるカリスマ性を備えていました。続々と周りに集まった優秀な部下に支えられながら、ついには漢帝国の建国に至ります。
ちなみに中国史上、農民から皇帝になった人物は、劉邦のほかにもう1名(明の太祖・朱元璋)しかいません。日本でいえば、豊臣秀吉のようなイメージです。
▲漢の高祖(劉邦)(Wikipediaより引用)
成功した要因とは
劉邦は、部下からのアドバイスをよく採り上げたようです。このため、多くの優秀な人材が集まり、組織を押し上げる結果につながりました。
これに比べ、ライバルの項羽は「自分は優秀」ということに鼻を掛けて、他人のアドバイスにはほとんど耳を貸しませんでした。さらに、降伏した敵を生き埋めにするなど、残酷な一面があり、民衆からの人気もありませんでした。
ひとくちにリーダーシップというと、「自分が先頭に立って組織を引っ張る」というイメージがあります。しかし、劉邦の事例を見ると、「部下をうまく活用して、組織力を発揮する」という一面もあるわけです。
幹部社員の活躍を考える
小規模な企業では、社長の活躍が生命線です。
社長の頑張りで企業が拡大を始めたものの、ある程度の段階に行くと成長が止まってしまう事例があります。
『年商5億円の「壁」のやぶり方』(坂本桂一)は、こうした成長段階の停滞について、
- 年商5億円のラインで見られる事例であること
- 幹部の育成が十分でないこと
を原因として指摘しています。
組織が大きくなるほど、社長の目が届かない範囲が出てきます。
組織において社長が中心になるのはもちろんですが、部下が活躍できる環境にも目を向けないと、組織としての飛躍が難しい段階が訪れるわけです。
リーダーシップにおいて、劉邦のような一面が必要なことも、知っておくべきでしょう。
まとめ
漢帝国を建国した劉邦と、ライバルの項羽について、リーダーシップを比較しました。
小規模企業の段階では、社長のリーダーシップが必要ですが、成長過程においては、部下の活躍の場も考える必要があります。
「社長がとにかく頑張る」という項羽型の組織から、「うまく部下を活躍させる」という劉邦型へ、組織を移行していく必要性を心に入れておく必要があるでしょう。