国税庁が確定申告の効率化の実績として用いている「ICT利用」について、疑問をのべておきます。
説明のポイント
- ICT利用には「書面作成」も含んでおり、効率化の達成度としては中途半端
- 効率化の達成度は、「e-Tax利用率」で見るべきでは?
確定申告と効率化
国税庁は、毎年の確定申告について効率化をすすめています。
効率化の必要性は、想像してみればわかります。みんなが3月に税務署を訪れて、そこで確定申告書をイチから書き始めると、税務署がパンクしてしまうという事情があるからです。
また、書面で提出された確定申告書は、そのあとで税務署の内部でデータ化するという手間も生じています。
つまり、国税庁が理想とするのは「みなさんの自宅のパソコンから、確定申告書のデータをe-Taxで送信してほしい」ということです。
これを逆にいえば、確定申告のためにわざわざ税務署に来てほしくないし、書面で郵送してほしくない、ということを意味します。
誤解のないようにのべておくと、これは税務署のサービスが悪いのではなく、「行政の効率化」が必要なためです。
もし行政の効率が悪ければ、その分だけ税金がもっと必要になります。国税庁が効率化を目指すことは、国民にとってもメリットのある話といえるでしょう。
「ICT利用」という数値
国税庁が、確定申告における効率化達成度のめやすとしているのが、「ICT利用人員」という数値です。
この数値は、e-Taxを利用した人や、国税庁ホームページにある「確定申告書等作成コーナー」を利用した人数が含まれます。
引用:平成29年分の所得税等、消費税及び贈与税の確定申告状況等について(国税庁)
国税庁が作成した上の図を見ても、ICTの利用者は年々増えているとされており、これを見ると「ほほう、行政は効率化されているんだな」という印象をもつことでしょう。
このグラフをよく見ると、気になるのはICTの利用に「書面提出」も含まれていることです。これは、国税庁ホームページのパソコンで確定申告書を作って印刷・郵送しても、ICT利用に含まれます。
パソコンを使ったから「ICT」の活用ということなのでしょう。確かに、確定申告書の記入用紙の郵送が不要になったり、税務署にきて手書きをしなくなった、という面では効率化ともいえます。
しかし、けっきょくは書面で提出していますので、「行政効率化」の達成度というと、やや疑問を感じる面もあります。
「確定申告書等作成コーナー」で書面作成している人が増えている
国税庁の図だと、わかりづらい印象もありますので、筆者がもう少し詳細な図を作成してみました。
↓クリックで拡大できます。
出典:平成29年分および平成24年分「所得税等、消費税及び贈与税の確定申告状況等について」(国税庁)
この図は、確定申告書を提出した全人員をもとに、その提出方法の割合を示したグラフです。平成29年分の実績を見ると、以下のとおりです。
- 【書面】非ICT利用 34.7%
- 【書面】自宅パソコンで「確定申告書等作成コーナー」 21.2%
- 【e-Tax】税務署パソコンで「確定申告書等作成コーナー」 19.1%
- 【e-Tax】自宅パソコンで「確定申告書等作成コーナー」 2.8%
- 【e-Tax】「確定申告書等作成コーナー」以外 18.3%
ICT利用が増えているといっても、書面提出の割合はまだまだ多く、およそ6割をしめます。「行政の効率化」という意味では、厳しい現状がうかがえます。
なぜこうなるかというと、「確定申告書等作成コーナー」で書面を作って郵送する人がどんどん増加する一方で、e-Taxで送信する人はほとんど増えていないという現状があるからです。
なぜみんな、書面提出するのか?
上図のグラフを見ればわかりますが、グラフ灰色の「【書面】自宅パソコンで「確定申告書等作成コーナー」だけが大きく増加している状況です。
その結果、平成29年分における「確定申告書等作成コーナー」の利用者のうち、書面作成とe-Tax利用の比率は、9:1という結果です。
この結果をどう見たらいいのでしょうか?
国税庁からすれば、「せっかくパソコンで作っているんだから、そこをなんとかe-Taxでやってください!」という思いでしょう。
しかし、マイナンバーカードが普及しなければ、この割合の改善は期待できないでしょう。手もとにマイナンバーカードがない(=作成するのが面倒くさい)から、しかたなく書面で郵送するわけです。
こうしてみると、e-Taxを利用するインセンティブが現状では存在しないことも、こうした原因を招く一因といえるでしょう。納税者にしてみれば、別にどうやって提出しようと、損も得もないからです。
この点については、個人事業主向けに2020年分の申告からe-Tax利用のインセンティブが設けられます。しかし、申告の大半を占めるサラリーマンや年金受給者に対するインセンティブではありません。
国税庁は「e-Tax利用率」をあまり出したがらない?
国税庁がしめす「ICT利用」という数値は、パソコンによる確定申告書の作成がまだめずらしかった時代のものと見ることもできます。
しかし、行政の効率化を考える上での最終目的地は「e-Taxによる申告」なのですから、その達成率の指標は「e-Tax利用率」を全面に押し出すべきでしょう。
国税庁は、所得税の確定申告における「e-Tax利用率」をあまり積極的に表に出していません。筆者の想像ですが、e-Tax利用率の向上が思わしくないことも一因かもしれません。
↓クリックで拡大できます。
この10年間を見ても、e-Tax利用率は微増といった傾向です。平成29年分におけるe-Taxの利用率は「42.2%」です。
しかもこのe-Tax利用率のうちの半分は、税務署において指導を受けてe-Taxを利用したものです。自主的というよりは、税務署の係員に誘導されてe-Taxを使ったという色合いも強いでしょう。
「ID・パスワード方式」という打開策
もし「確定申告書等作成コーナー」による書面提出を、そのままe-Taxに切り替えることができれば、e-Taxの利用率は63%に上昇します。
このために国税庁が打ち出した施策の一つが、マイナンバーカードを不要とする「ID・パスワード方式」の利用開始です。これは、平成31年1月から開始されます。
この方式を利用すれば、マイナンバーカード不要でe-Taxを利用できます。これまでかたくなに住基カードやマイナンバーカードの利用を求め続けてきた国税庁ですので、この新方式は意外な「規制緩和」といえます。
参考:【PDF】(個人の方へ)平成31年1月からe-Taxの利用手続がより便利になります(国税庁)
なお、「ID・パスワード方式」の利用は、税務署での本人確認が必要です。
次回(平成31年3月)の確定申告シーズンで、税務署を訪れた人に「ID・パスワード」を大量に交付するならば、数字の改善が見込める可能性もあるでしょう。
まとめ
国税庁が示すICT利用という指標の有効性に疑問を示しつつ、パソコンによる確定申告書の作成が当たり前となった現在では、その効率化の基準は「e-Tax利用率」で見たほうがよい点を説明しました。
効率化の最終目的が「e-Tax」なのだから、その効率化の指標は「ICT」ではなく、「e-Tax利用率」で見るべきでしょう。
また、書面提出をe-Tax利用に切り替えるためには、個人事業主だけでなく、サラリーマン層にもインセンティブを設けることも有効といえそうです。