売価の5%で計算できる「概算取得費」は、株式売買の申告でも使える点について触れておきます。取得費が不明な場合だけでなく、わかっている場合でも使える点が重要です。
説明のポイント
- 5%の概算取得費は、株式売却の申告でも使える
- 取得費がわかっている場合でも使えるため、有利・不利判定が必要
実際の取得費 vs 概算取得費
概算取得費というと、土地・建物の売却で使うイメージが強いのですが、株式の売却でも使うことができます。
この点は、措置法通達37の10・37の11共-13に触れられています。通達の一部を抜粋してみましょう。
……譲渡をした同一銘柄の株式等について、当該株式等の譲渡による収入金額の100分の5に相当する金額を当該株式等の取得価額として事業所得の金額若しくは雑所得の金額を計算しているとき又は当該金額を譲渡所得の金額の計算上収入金額から控除する取得費として計算しているときは、これを認めて差し支えないものとする。
また、国税庁タックスアンサー「No.1464 譲渡した株式等の取得費」でも
実際の取得費が売却代金の5%相当額を下回る場合にも、同様に認められます。
と、さらっと書かれていますし、これ以外の国税庁の手引き「株式等の譲渡所得等のあらまし」にも記載があります。
話を整理すると、通常の方法で計算した場合の取得費と、売価の5%と比較して、どっちが有利であるかを判断することができるわけです。
取得費が実際にわかっていても、概算取得費でもOKということです。
ちなみに通達では「概算取得費」という名前はついていませんが、実質的に土地・建物における「概算取得費控除」と同じ制度といえるでしょう。
特定口座年間取引報告書との関係
さきほど見た通達の番号に注目してみると、「措置法通達37の10・37の11共-13」となっています。
措置法37の10は「一般株式等」(上場していない株式等のこと)を指しており、措置法37の11は「上場株式等」を指しています。
よってこの概算取得費の通達は、非上場株式等・上場株式等の両方で使えます。
ところで、上場株式等については2003年に特定口座制度ができてから、取得費の計算はとんでもないレベルで楽になってしまい、証券会社にほとんどおまかせのイメージが強くなっています。
ちょっと前まで一般口座しか対応していない証券会社も多かった外国株のトレードでは、Excelで取得費を計算する機会もたびたびでした。
しかし、国内株式ではもはや、特定口座年間取引報告書に頼りきりとなっています。
証券会社から報告書が送られてきますし、もうこれで所得計算が確定しているイメージがあるでしょう。実際、ほとんどの場合においてそれで問題ないはずです。
引用:カブドットコム証券
特定口座年間取引報告書は全取引の合計値
ここで強調しておきたいのは、特定口座年間取引報告書の数字は「年間取引の合計値」ということであり、その位置づけは「株式等に係る譲渡所得等の金額の計算明細書」に転記するための資料ということです。
なにがいいたいかというと、特定口座年間取引報告書はメインの書類ではない、ということです。
簡易申告(特定口座の源泉徴収なし)の場合は、証券会社から特定口座年間取引報告書の交付を受けても、その数字を計算明細書に転記すればよく、報告書の添付は必要ありません。
この点を見ても、重要なのは添付義務(措置法施行令25の8十四、25の9十三)がある計算明細書であり、年間取引報告書ではありません。
報告書の添付が必要とされるのは「源泉徴収あり」の口座です。これは源泉税が影響するためでしょう。(ただし2019年分以降は、税制改正により「源泉徴収あり」でも添付不要となります)
一度、証券会社から取引履歴のCSVをダウンロードし、特定口座年間取引報告書と数字が一致するかを試してみれば、年間取引報告書が全取引の合計値にすぎないことがわかるでしょう。
特定口座年間取引報告書と概算取得費の関係
話を元に戻しましょう。
特定口座年間取引報告書は便利ですが、あくまで年間全取引の合計値であり、個別ごとの株式等の取引がすべて一体となったものです。
いっぽう、通達には「譲渡をした同一銘柄の株式等について」と書かれています。ということは、場合によっては年間取引報告書によらず、個別の銘柄ごとに判断する余地があると理解できそうです。
こうして考えると、報告書に含まれている取得費の合計のなかには、概算取得費が使えるものがもしかしたら含まれているかもしれません。
概算取得費の制度も頭に入れておかないと、かりに20倍以上に上昇した株式を売却した場合には、適用を見落とす可能性がありそうです。
20倍以上に上昇した株式の実例
20倍以上に上昇した株式の実例も見ておきましょう。
検索してみると、ZUUOnlineで「 10年前に買っていたら大化けしていた銘柄」という記事がありました。
そこから一部を紹介してみると、
- ディップ(2379) …… 約43倍(53.72円→2310円)
- RIZAPグループ(2928) …… 約146倍(2.9円→424円)
- MonotaRO(3064)…… 約75倍(29.81円→2228円)
- ペッパーフードサービス(3053)…… 約43倍(69.83円→3030円)
といった銘柄が紹介されています。(リンク先はすべてYahoo!ファイナンスの10年チャート)
これ以外にも、なにかと話題のZOZO<3092>も、10年前の株価は100円以下でしたが、最高値は4875円です。
とはいえ、最安値で買って最高値で売ることは難しいでしょう。
相場格言にも「売り買いは腹八分」「頭としっぽはくれてやれ」とあるとおりで、実際は適度なところで利食いしていることも多いはず。
20倍以上になるまで持ち続けられる実例は、めったにお目にかかれないといえそうです。逆にいえば、長期保有していた株式は、上場・非上場を問わず取得費に要注意といえるのでしょう。
まとめ
株式の売却でも、概算取得費の制度が使える点をついて触れました。
どうにも見落としやすい制度のように思われますので、メモとして残しておきます。
ちなみにこの記事を書いたきっかけは「もとになる情報」があったためですが、その元ネタの性質上、名前を書くことは差し控えます。(その「もとになる情報」は、この制度があることを広く伝えるための実務家向けパンフレットであり、この点をブログに書くことに差し支えはないと判断しました)