インボイス制度導入後、免税事業者の請求書で「消費税」と記載してもよいのか? 微妙に気になっていた点の思考整理を試みる記事です。
説明のポイント
- インボイス類似書類の発行には懲役・罰金刑がある
- 免税事業者の請求書の取扱いは、改正消費税法にルールなし、現行のQ&Aにも記載なし
- BtoBにおける消費税の記載慣行は自然消滅する
インボイス制度と免税事業者に関する考察
当ブログではインボイス制度について何度が触れています。
インボイス制度とは、課税事業者どうしでのやりとりを明確化するルールであり、免税事業者はその範囲外となります。
このため、免税事業者に関する情報は少ないのですが、筆者はもう少し、免税事業者向けの情報を提供していく必要があると考えています。
ところで当ブログは、書籍でもない個人ブログの利点を活かして、マイナーだったり微妙だったりする部分の考察も試みています。
今回の免税事業者に関する記事も、そんなきわどい不明点を考察する話です。
インボイス制度の要件
2023年10月以降、インボイス(適格請求書)を発行できるのは、課税事業者であり、かつ、インボイス発行事業者として登録を申請した場合に限られます。登録は2021年10月から開始予定です。
当然ですが、課税事業者はみんなインボイス発行事業者として登録するでしょう。よって、ほとんどの場合において「課税事業者=インボイス発行事業者」と考えて差し支えありません。
また、いまは免税事業者でも、税務署に申請すれば自主的に課税事業者を選択できます。
もしインボイス発行事業者となった場合は、次の要件のもとに請求書を発行します。
① 適格請求書発行事業者の氏名または名称及び登録番号
② 取引年月日
③ 取引内容(軽減税率の対象の場合はその旨)
④ 税率ごとに合計した対価の額(税抜または税込)及び適用税率
⑤ 税率ごとに区分した消費税額等
⑥ 書類の交付を受ける事業者の氏名または名称
ポイントは2つあります。
1つ目は「登録番号」の記載です。登録番号は「T+法人番号」になります。番号はあらかじめわかっていても、税務署への登録申請が必要です。
2つ目は、「消費税額」の明記です。請求でこれだけの消費税が発生していることがわかるように、消費税額そのものを明記する必要があります。(ちなみに、いままでは税込の総額だけでもOK)
インボイス制度導入後、免税事業者の請求書はどうなる
さて、ここからが本題です。
インボイス制度導入後、免税事業者は請求書をそのまま発行できるのでしょうか?
さらにもっといえば、免税事業者が発行する請求書では、2023年9月以前と同じように「消費税」と書いて請求できるのでしょうか?
インボイス制度は課税事業者に関するルールなので、免税事業者が「消費税」の名目で請求することは、2023年10月以降は怪しい印象もあります。
さきほど述べたインボイスの要件を見ても、あくまで課税事業者(=インボイス発行事業者)のための説明であり、免税事業者はどうすればいいのか、ということはまったく書かれていません。
当ブログではこれまで、インボイス制度導入後の影響を説明するときに「免税事業者は消費税を請求できない」と、わかりやすさを優先して書いてきました。
ただし厳密にいうと、そのあたりの取扱いは明確にはなっていません。そこで、免税事業者と請求書の関係を整理してみます。
インボイスに類似する書類は交付できない
改正後の消費税法である57条の5に、「適格請求書類似書類等の交付の禁止」という規定があります。
その条文を読むと、適格請求書発行事業者以外の者は、適格請求書発行事業者が作成した適格請求書又は適格簡易請求書であると誤認されるおそれのある表示をした書類を他の者に対して交付し、又は提供してはならない、とされています。
つまり、免税事業者や課税事業者だけど登録を失念していた事業者は、インボイスと誤解される請求書は発行してはダメだ、ということです。
そして、違反した場合は「一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」という罰則もあります。
ところが、この規定は、どの程度の範囲が「誤認される恐れのある表示」かは明らかにされていません。現時点の国税庁の通達やQ&Aにも記載はありません。
間違いなくアウトなケース
「適格請求書類似書類等の交付の禁止」に確実にひっかかるのは、インボイス発行事業者の登録をしていないのに、請求書に登録番号を記載することでしょう。
これを認めれば、インボイス制度が骨抜きになってしまいますので、認められないのは当たり前の話です。また、そのインチキな請求書を受け取った側の会社でも、仕入税額控除は認められないでしょう。
ちなみに、これらを防止するための方策として、インボイス発行事業者のリストが国税庁ホームページで公表される予定です。仕入税額控除を適用する会社は、登録を確認する負担や責任が課されます。
2023年10月以降、「消費税」を請求書に書いたらどうなるのか?
話を戻しましょう。2023年10月以降、「免税事業者が請求書に消費税額を記載した場合」はどうなるのでしょうか。
いまの時点(2019年9月)では、どの免税事業者も普通にしている商行為です。免税事業者はあくまで「消費税の納税義務がない」わけで、「消費税相当額を記載する権利がない」わけではありません。
しかし、2023年10月以降は、インボイスでもないのに「消費税」などと書けば、受取側では仕入税額控除ができるように誤認されやすいことから、混乱を招く可能性もありえます。
とくに、インボイス制度など気にしていない免税事業者が、そのまま請求書に消費税を記載し続ける可能性は大いにありえます。対消費者ビジネスでは、その可能性は高いです。
受取側の視点から見ると
インボイス受取側の事業者(発注者)からすると、このような視点になります。
もし、免税事業者からの請求書に消費税額が書いてあっても、登録番号が書いていなければ、それは仕入税額控除の対象外として処理するしかありません。対価に含めて処理します。(インボイスではないため)
もし「税抜100+消費税10」で請求されても、その消費税額も含めて「税抜110」ということになり、これは実質値上げされた請求になってしまいます。よって、消費税なしの「税抜100」だけの請求書を作成するようにお願いするでしょう。
論点整理
2023年10月以降、免税事業者は請求書に「消費税」と書いて記載していいのか、という点を比較して考えてみます。
1.「消費税は記載不可」説
2023年10月以降、免税事業者が請求書に消費税額を記載したらダメだという考え方は、「適格請求書類似書類等の交付の禁止」にひっかかるというものです。
そもそも納税義務がない免税事業者が、請求書に消費税を記載すること自体がインボイス制度に対する誤解を招くので、けしからんということです。
しかし、すべての免税事業者が2023年10月以降に、請求書の形式を「消費税なし」できちんと整えられる保証はなく、大量の違反者が発生する恐れがあります。
2.「消費税は記載可能」説
2023年10月以降、免税事業者が請求書に消費税を記載しても、「適格請求書類似書類等の交付の禁止」には該当しないとすれば、記載できる可能性は高いです。
しかし、対事業者取引においては「税抜100+税10」で請求しても、インボイスではない請求書なので、交付先の相手は「税10」を仕入税額控除できません。このままだと「税抜110」と同じことになります。よって、「税抜100」だけの請求書を再作成するように求めることになります。
このことから、免税事業者における対事業者取引における消費税の記載慣行は、自然消滅していくことになるでしょう。(当ブログでも、「免税事業者は消費税を請求できなくなる」と述べているのは、この視点があるからです)
もし「税抜100」で請求するものをなんとか頑張って、免税事業者が「税抜91+消費税9」と書いても、それは「税抜100」と同じ扱いです。受取側でも仕入税額控除をしなければ、国税庁も不満はないでしょう。
つまり、インボイス発行事業者ではない免税事業者が、いままでどおり請求書に消費税を書くのはかまわないけど、損得で見れば税抜表記だけに収斂(しゅうれん)するから、その慣行は自然消滅するだろうし、禁止するほどでもないということです。
一方、飲食店など対消費者事業の場合では、免税事業者のレシートで「税抜+消費税」と記載することは、2023年10月以降もありえます。
もしこれらを罰則の対象とするならば、実務上の混乱は避けられません。(ただし、消費税と書いてあっても、インボイスではないので仕入税額控除はできない)
まとめ
インボイス制度が導入される2023年10月以降、免税事業者が「消費税」という記載を継続してよいのか、という点について検討してみました。
実務上の混乱を避けることを考えれば、免税事業者が「消費税」と記載を継続しても問題はなく、たんに受け取った側で仕入税額控除できない扱いになる、と考察します。
対事業者取引のビジネスでは、そもそも免税事業者が皆無となり、残った免税事業者でも消費税を記載する慣行は自然消滅するでしょう。
対消費者取引のビジネスでは、インボイスではないが消費税の記載のあるレシートが、そのまま継続する可能性が考えられます。ただし状況次第では、「免税事業者は消費税は記載しないようにしてください」と、国税庁が広報する可能性もあるかもしれません。