個人と外貨の微妙な関係【1】 海外旅行の外貨と為替差損益

個人における「外貨」の差損益は、奥深いテーマのように感じます。思考ノートとして整理しておきます。

説明のポイント

  • 実際のところ、たんなる海外旅行であっても為替差損益は生じている
  • こうした為替差損益を申告しろという話は聞いたことがないし、実際にしようとしても現実として無理
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外貨に関する所得税の取扱い

所得税を考えるうえで、外貨という存在はかなり「微妙」です。

日本の居住者が国内で生活するうえでは、日本円の利用で問題を感じることはありません。国内の取引において、日本円の支払いを断られることはないでしょう。

もし外国と往来があったり、外国との取引や投資がからむと、ここでは外貨が登場します。

では、一般の個人に係る外貨があるとして、所得税における認識はどうなるのでしょうか?

国税庁ホームページでは、外貨にかかる質疑応答事例として、次の4件を公表しています。

これらをかいつまむと、

  • 「外貨預金を別の金融機関に外貨のまま預入れ」 為替差損益を認識しない
  • 「外貨→外国建物取得」 為替差損益を認識する
  • 「外貨→外貨MMF取得」 為替差損益を認識する
  • 「外貨→別の外貨取得」 為替差損益を認識する

となっています。(図解としては、多田恭章「元国税庁国際担当官 多田恭章の海外取引に関する税金知識:為替差損益 判断に迷う4つのケース」KaikeiZine、2019年 が読みやすい)

これらで生じた為替差損益は、雑所得として申告します。

このほか税務のデータベースを探してみると、以下の情報も見当たります。

  • 平成14年「誤りやすい事例集」(東京国税局)……【正しい答え】「外貨預金を実際に円転(換金)するまでは、為替差損益を認識しない(未実現とされる)」「法人税のように期末時換算の規定がない」
  • 平成28年6月2日裁決…… 外貨預金の所得計算は「有価証券の取得価額の算定方法として総平均法に準ずる方法」を準用

前回旅行の外貨を使うと、為替差損益が発生する

上記の取扱いを前提知識として、外貨にまつわる話を考えてみることにします。今回は、海外旅行と外貨についてです。

【事例】

Aさんが、2013年に台湾に行ったとき、台湾ドルのレートが「1台湾ドル=3円」だったとします。

台湾現地にて、日本円を台湾ドルに換金しました。そして、旅行先で外貨を使い切れず、100台湾ドルをいったん日本に持ち帰りました。

そして、Aさんが次に台湾に行ったのは2015年です。このときの台湾ドルのレートは「1台湾ドル=4円」だったとします。

2015年の旅行で、前回旅行の台湾ドルを使うと、どうなるでしょうか?

【検討】

2013年と2015年為替レートに差がありますので、2015年の旅行で外貨を使用した時点で、為替差損益を認識することになるでしょう。

夜市で食べ物を買おうが、建物を買おうが、外貨建取引であることは同じです。

具体的には、Aさんが臭豆腐を買うため、屋台のおじさんに代金として100台湾ドル払った時点で、

  • 「100台湾ドルx(今回レート4円-前回レート3円)」=100円

として、100円の為替差益を認識することになります。(下の画像は、臭豆腐)

この具体例では、外貨のまま利用したケースにしましたが、手もとの台湾ドルを銀行で日本円に戻した場合でも、為替差益が生じるのは同じ話です。

100台湾ドルの日本円の評価額は、2015年では「400円」になっています。2013年のレート「300円」に比べ、100円儲かっています。この差益100円は、外貨を利用したときに実現しています。

やはり、海外旅行における外貨の利用では、為替差損益は人知れずに発生しているといえます。

なぜ為替差益を「申告しろ」といわない?

富裕層を中心にして、外貨預金に関する為替差益は要注意といえます。こうした為替差益にまつわるトラブル事例も存在します。

これに比べ、日本には多数の海外旅行者がいるはずなのに、一般的な海外旅行で「為替差損益を計算している」という話は、まるで聞いたことがありません。

その理由を考えてみましょう。

【1】金額が細々としたものだから

上記の例では、2年間の為替レートの変動で考えましたが、実際のところ、2日間の短期旅行でも為替レートは確実に変動します。

外国旅行では、アタッシュケースで大量の外貨の札束を持ち歩くことは通常想定されていませんので、金額として「大勢に影響がない」ということなのでしょう。

【2】計算が大変すぎるから

もし為替レートの変動をいちいち把握し、外貨の差損益を申告するとすれば、海外旅行に行ったすべての人が申告をしなければなりません。

旅行中に何度もATMや銀行で外貨に換金したならば、総平均法で計算するとしても、計算も煩雑になります。

外貨の入手だけでなく、外貨を使用した時点もすべての記録が必要です。外貨に換金した時点のほかに、外貨を使用した日、金額、レートの把握が必要です。

外国旅行でも帳簿付けが必要ということであれば、すべての人が把握して申告することは、現実として不可能でしょう。

完全に為替変動を認識しない方法を考えるならば、当日換金した外貨を当日中に残らず使い切る必要がありますが、そんなことは不可能です。

現金を一切使わず、クレジットカードだけで生活すればなんとかなるかもしれませんが、台湾ではクレジットカードを利用する機会は少ないです。

【3】為替差損を翌年に繰越できないから

為替差益は雑所得として課税されますが、為替差損は当年中の雑所得と内部通算できなければ、そのまま切捨になります。

為替差益の申告を強制するならば、こうした為替差損の「不都合」にも目を向ける必要があります。

この点を「不公平」と問題視する声はあまり聞いたことがありませんが、外貨預金をする人の割合が少ないからでしょう。

【4】短期的な為替変動ではトータルで損益ゼロになる?

短期的な為替の変動でみれば、為替差損益が生じる割合は、旅行者全体として損益がおおむね半数ずつで相殺され、平均では損益ゼロに近似するかもしれません。

ただし、中長期の為替レートの変動では当てはまりませんので、円安傾向であれば、以前から保有している外貨に対して、為替差益も出ている割合が多くなるはずです。

くだらない話かというと、そうでもない

ここまで記事を読まれたとして、「こいつ、くだらないこと言っているな!アホか!」と思われたかもしれません。

しかし、実は最近の仮想通貨の事例においても、仮想通貨で商品を購入した時点で譲渡損益を認識するものとされています。(国税庁「仮想通貨に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」問2)

しかも、そのFAQで計算されている所得計算の例は、103,000円です。(ちなみに、平成30年11月版FAQはもっと少額で、所得は12,000円でした

これを当てはめるならば、べつに外貨の使用であっても、「為替差損益を認識しなくていい」というわけではないことに留意が必要でしょう。

まとめ

話を整理すると、「海外旅行でも為替差損益は生じているが、それを申告しようとするならば、金額の割に手間がとんでもないことになるので、無視されている」と考えるのが通常でしょう。

雑所得における20万円以下の申告基準や、金額の大きさの重要性と比較して考えれば、通常の海外旅行で生じる程度の為替差損益は「現実として無視せざるをえない」ということなのでしょう。

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