前回の投稿で、源泉徴収票の保存義務について整理しました。源泉徴収票を作成する上では、元となる帳簿の作成が必要ですが、その帳簿について保存する義務はあるのかを確認します。
説明のポイント
- 給与所得の源泉所得税の計算に関する帳簿(源泉徴収簿)は、作成義務・保存義務は法令上見当たらないが、作成した場合は「備付帳簿」とされ、税務調査の対象に含まれる
- 帳簿を作成した場合は、後日の源泉所得税の税務調査に対応するために、保存する「必要」がある。作成した帳簿を破棄すると不正事実とされる可能性がある
「源泉徴収簿」という帳簿
毎月の給与の源泉所得税を計算するためには、帳簿を作成して集計しています。この計算のために作成する帳簿として、国税庁は「源泉徴収簿」という様式を用意しています。
しかし、国税庁ホームページでは、この源泉徴収簿については法令上定められたものではないと説明されています。源泉徴収簿に関する説明を引用します。
この源泉徴収簿は、源泉徴収事務の便宜を考慮して作成したものであり、法令で定められたものではありませんので、源泉徴収義務者の皆様が使用している給与台帳等であっても、毎月の源泉徴収の記録などが分かり、年末調整のためにも使用できるものであれば、それを利用して差し支えありません。
つまり、源泉徴収・年末調整の計算のための帳簿は、法令上の定めはないため、会社が自由に作成してよいという理解になるでしょう。
源泉徴収簿に保存義務はあるのか?
ところで、源泉所得税を計算した帳簿(源泉徴収簿)について「作成義務があるか」「保存義務があるか」の2点を厳密に考えてみると、かなり微妙な点があることに気づきます。
ネットを渉猟した限りでは、多くの解説において源泉徴収簿は保存すべき書類とされており、その根拠としては「国税通則法70~73条」と述べているものを多く見かけました。
しかし、実際にその国税通則法70~73条を読むと、これは国税の更正期間や徴収権の時効を定めたもので、特別に源泉所得税の計算に限ったものではありません。
これ以外でも法令を調べてみましたが、給与所得の源泉所得税に関する帳簿について義務を明示した法令は、筆者が探した限りでは見当たりませんでした。
改めて国税庁ホームページにおける説明を読むと、源泉所得税の計算については「記録しておく帳簿が必要」と説明されています。
給与の支払者(源泉徴収義務者)において月々の給与に対する源泉徴収や年末調整などの事務を正確に、しかも、能率的に行うためには、一人一人から申告された控除対象扶養親族などの状況や月々の給与の金額、その給与から徴収した税額等を各人ごとに記録しておく帳簿が必要です。
しかし、この「必要」という説明が、単に実務上の意味であるのか、それとも作成義務や保存義務までも含んだ法令上の要件としての意味であるのかは、はっきりとしません。
前述のとおり、給与所得に関する税額計算の帳簿について「作成しなければならない」「保存しなければならない」といった定めは、どこを探しても見当たらないためです。
国税庁の事務運営指針をどう読むか
法令ではありませんが、国税庁の事務運営指針には、源泉徴収簿に関する言及が見られます。この実務指針は源泉所得税・復興特別所得税の重加算税に関する取扱いを示したものです。
参照:源泉所得税及び復興特別所得税の重加算税の取扱いについて(事務運営指針)
事務運営指針から、該当箇所を引用します。
(帳簿書類の範囲)
2 「1」の帳簿書類とは、源泉所得税及び復興特別所得税の徴収又は納付に関する一切のものをいうのであるから、会計帳簿、原始記録、証ひょう書類その他会計に関する帳簿書類のほか、次に掲げるような帳簿書類を含むことに留意する。
(1) 給与所得及び退職所得に対する源泉徴収簿その他源泉所得税及び復興特別所得税の徴収に関する備付帳簿
この事務運営指針では、源泉徴収簿については「源泉所得税及び復興特別所得税の徴収に関する備付帳簿」のひとつとして位置づけられていることがわかります。
さらに気になるのは、「隠蔽又は仮装に該当する場合」の記載です。少し長いですが、引用します。
(隠蔽又は仮装に該当する場合)
1 通則法第68条第3項に規定する「事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し」とは、例えば、次に掲げるような事実(以下「不正事実」という。)がある場合をいう。
(1) いわゆる二重帳簿を作成していること。
(2) 帳簿書類を破棄又は隠匿していること。
(3) 帳簿書類の改ざん(偽造及び変造を含む。)、帳簿書類への虚偽記載、相手方との通謀による虚偽の証ひょう書類の作成、帳簿書類の意図的な集計違算その他の方法により仮装の経理を行っていること。
(4) 帳簿書類の作成又は帳簿書類への記録をせず、源泉徴収の対象となる支払事実の全部又は一部を隠ぺいしていること。
引用のうち太字で示した(2)(4)を読むかぎりでは、隠ぺいの前提として帳簿書類の作成をせずに支払事実を隠ぺいをした場合や、作成した帳簿書類を破棄した場合が不正事実として挙げられています。
これをもって事実上の帳簿の作成・保存義務と見るべきかは、悩むところでしょう。
この事務運営指針から読み取れるのは、
- 帳簿を作成する義務は明示されていないが、もし作成した場合は「備付帳簿」とされること
- 帳簿作成後に帳簿を破棄すると、不正事実と見られる可能性があること
ということです。
参考までに、税務調査における質問検査権について、国税通則法の通達では、
法第74条の2~法第74条の6関係(質問検査権)1-5
法第74条の2から法第74条の6までの各条に規定する「帳簿書類その他の物件」には、国税に関する法令の規定により備付け、記帳又は保存をしなければならないこととされている帳簿書類のほか、各条に規定する国税に関する調査又は法第74条の3に規定する徴収の目的を達成するために必要と認められる帳簿書類その他の物件も含まれることに留意する。
ということで、法令に定められた以外の帳簿書類も、税務調査では調査範囲に含まれるとされています。
なお、源泉所得税に関する質問検査権は、国税通則法74条の2第1項1号ロに規定されています。
源泉徴収簿の印刷は必要か?
源泉徴収簿を紙で印刷して保存する必要があるのかについても、これを明示している資料はほとんどみあたりません。
私が探した限りでは、「源泉徴収簿は、国税関係帳簿書類には該当しない」「源泉徴収簿が給与台帳とは別になっているのであれば、源泉徴収簿はデータのままで保存してかまわない」とする専門書が見られますが、その解説は簡単に触れられている程度です。(※記事の性質上、迷惑がかかることを恐れるため、書名は明示しません)
以下、私なりに考えてみると、源泉徴収簿をデータのままで保存しても問題ないという意味の理解は、源泉徴収簿は国税関係帳簿に該当せず電子帳簿保存法の対象外となるために、データとして保存するとしても承認申請は不要、ということであると考えます。
中小企業では、源泉徴収簿を給与台帳と兼ねているケースも見られ、年末調整のあとには、給与計算ソフトから源泉徴収簿を印刷して保存していることでしょう。
これは、源泉所得税としてではなく、法人税法・所得税法にかかる「賃金・給与手当・雇人費」の帳簿としての保存要件と考えられます。
まとめ
ここまで検討した話を総合すると、
- 給与所得の源泉所得税の計算に関する帳簿(源泉徴収簿)は、作成義務・保存義務は法令上見当たらないが、作成した場合は「備付帳簿」とされ、税務調査の対象に含まれる
- 帳簿を作成した場合は、後日の源泉所得税の税務調査に対応するために、保存する「必要」がある。作成した帳簿を破棄すると不正事実とされる可能性がある
ということになるでしょう。
整理したあとで意見を述べてみると、源泉所得税の計算における帳簿(源泉徴収簿)については、やはりよくわからない点が多いです。
根拠が書かれたものは、その点について解説も添えられるでわかりやすいのですが、逆に根拠がない部分となると説明もほとんどないので本当に難しいです。
【注意】ここで解説したことはブログ筆者の手探りであるため、誤りを含む可能性が多分にあることにご留意ください。