先日行われた、規制改革推進会議「第10回 成長戦略ワーキング・グループ」における法務省の回答資料は、経理の業務に関係するものでした。興味深いため、この記事で紹介します。
説明のポイント
- 規制改革推進会議で、テレワークの阻害要因となっている押印の慣行が注目されている
- 法務省の回答によると、請求書等への押印は業界慣行や取引当事者が決める問題とのこと
紙の請求書のためにやむなく出社……
新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言への対応により、テレワーク(自宅勤務)が奨励されています。
しかし、テレワークを希望しても、社外への対応の問題からやむなく出社せざるを得ない状況がある……という調査結果が各所で見られます。
一例として、マネーフォワードグループ「MF KESSAI」の経理財務部門を対象としたテレワークに関する調査(2020年4月)によると、出社が必要とされる理由のうち「請求書の作成、押印、発送」が原因という回答は43%とされています。
なんらかの理由で、紙の請求書を郵送する必要があり、テレワークを阻む一因となっていることは、ほぼ間違いないでしょう。
規制改革推進会議で話し合われている内容とは
商取引でやりとりする書類が紙ベースであることが、テレワークの阻害要因となっていることについて、政府も問題意識を持っているようです。
2020年4月に行われた政府の規制改革推進会議では、夏野剛委員がこの点に言及しています。(議事録5ページ目)
長い引用になるのですが、途中の省略が難しいので、そのまま転載します。文章を読みやすくするように改行を入れました。
ぜひ、この判子規制、書面規制、対面規制の緩和をやりたいと思うのですけれども、まず短期と中期に分けたほうがいいなと思っております。
理由は、短期はこのコロナ対策で最大のテレワークの障害になっている社印の押印というのは、今、メディアでもさんざん報道されていますし、いろいろな企業が実施したアンケートでも押印のための出社の割合が社内決裁の押印よりも多い、契約書とか対外的な押印のための出社のほうが社内決裁よりも多いという結果が出ていたりしますので、特に今、高橋さんが御説明された中の民民の話ですね。
2.押印の(3)と(4)、商慣習として定着しているものとか社内手続、この辺にかなり実効性を持たせるようなことをいかにできるかが短期的な課題だと思います。民民の中で経済4団体への支援をするというのももちろんすばらしいことだと思いますし、やるべきだと思うのですが、民民の中では法務部というところが存在していて、法務部には判子があったほうが確実性は高いというIT時代以前の判例に基づいた解釈とか商慣習が根強く残っていて、そちらのほうが安全だという理由で判子、印鑑をなかなか捨てられないということもうちの会社などもあるようなので、一歩踏み込んで、何か政府の側からメッセージが出せたらいいなと思っています。
特に、民民の契約書は印鑑証明を取った上で交わしているものではないので、別にその判子の正当性は全然分からないのですけれども、判子を押すことが通例化していて、その判子が契約書だけではなくて納品書、請求書、領収書にも押されている、その請求書に判子を押すためにまた出社しなければいけないということが起きていると。
できればいわゆる法務省なり、訴訟法の解釈権を持つような役所にガイドラインをつくっていただいて、こういうケースにおいては押印は必ずしも必要ではありませんとか、電子的にメールで発信者が特定されている場合には、別にそういうシンボリックな本人特定のサイニングみたいなことも要りませんというような、そういうガイドライン的なものを出していただけないかなというのが短期的な一つの大きな課題だと思います。
この夏野委員の意見を受けて、5月12日の「第10回 成長戦略ワーキング・グループ」において、法務省による回答資料が出ていました。
その詳細は「論点に対する回答」をお読みいただけばわかるのですが、当記事でも回答の重要なポイントを引用します。
民事訴訟法第228条第4項の解釈として、いかなる場合に押印が必要であるかを導き出すことはできない(業界慣行や取引当事者が決める問題である)
これを読むと、請求書への押印について法律上の根拠はなく、「業界慣行や取引当事者が決める問題である」という話に読めます。
(なお、法務省からは補足説明として「民事訴訟法第228条第4項とは」という資料もあわせて準備されています)
経理関係でも注目したい議論だが……
規制改革推進会議で話題となっているのは、「押印」の話です。
しかし、中小企業における経理の視点でみれば、請求書が紙であるのは「押印が必要だから」という話にはとどまらないことでしょう。
一例を挙げるならば、
- 取引先が、インターネットを経由した発注書・請求書の送信を受け付けてくれない
- 取引先が指定する発注書や、請求書のフォーマットを強制されており、Excelフォーマットを印刷して、押印・郵送する必要がある
という事例もあります。
紙である理由は、押印だけか?
受発注や請求業務を考えるには、確かに押印もテレワークを阻害する要因ではあります。
しかし、「押印は必須ではありませんよ」というアピールが、政府やなんらかの機関から発信されたとしても、これだけですぐに改善する状況かというと、微妙に感じます。
もともと業務や経理のサイクルに根付いている「紙ベースの処理」があって、そこに押印という習慣も根深く組み込まれているように筆者には思えるからです。
そういう意味でいえば、テレワークにおける請求書の調査を見ても、「請求書の作成、押印、発送」という区分は、なぜ紙の処理にならざるをえないのか、もっと厳密にその理由を追及すべきでは……という印象を持ちます。
政府の情報発信にも期待
法務省の回答にあった民事訴訟法の条文については、筆者は門外漢のため、これを解説する記事は書けません。
法務省の回答を読む限りですと、かなりツレない感じの回答に見えますが、これを受けて規制改革推進会議でどう対処するか、今後注目されます。
「押印が不要なら、もう電子に移行できるよね」という話になるわけですから、そういう意味では政府の情報発信に期待したいところです。
「紙に縛られる必要はない」「電子化すべき」というアピールも必要でしょう。
まとめ
政府の規制改革推進会議から、経理部門にも関係のある、請求書等への押印について議論があったので紹介しました。
この点については、押印という問題だけでなく、もっと根深い紙ベースの処理における慣行があるように筆者は感じるのですが、これを解き明かすには、もっと緻密な分析が必要かもしれません。
ともかく、押印不要といった政府からの情報発信があれば、経理に関しても影響がある話でしょう。今後も注目したい議論であるといえます。
(参考)ここで紹介した5月12日の「第10回 成長戦略ワーキング・グループ」の議論では、このほかに、電子署名法第3条に関する話が興味深いです。議事録も、のちほど公表されるでしょう。