酒税の世界 「濁酒を造る者は犯罪人なり」大正時代のビラは今も通用する

酒税法は、一般人が許可なく勝手に酒を造ることを認めていません。明治時代から続く規制について、大正時代の資料を紹介します。

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自家醸造規制

このブログでは、酒税法がかかえる問題について紹介しています。

そのなかでも、よく読まれているのは「自分で酒を造ってはいけない」という理由を説明した記事です。

アルコール分1%を超えるお酒を、酒造免許を持たない者が造ることは、酒税法により禁止されていま...

一般人が勝手に酒造りできないのは、日清戦争(1894~1895年)において財政が枯渇したときに強められた規制の影響です。

この規制をもうけられた理由は、税収です。酒税がかかっている酒造メーカーのお酒を購入させることで、税収増加をねらったわけです。当時の酒税は、地租と並ぶ重要な財源だったということも主な要因といえるでしょう。

しかし、この「富国強兵の亡霊」ともいえる規制は、平成がまもなく終わろうとするこんにちにいたっても、100年以上にわたり続いている……という点を指摘しました。

酒税法は、自由にお酒をつくることを禁止しています。この規定が明治時代になぜ生まれたのか、時代...

大正時代のビラに当時の感覚を見る

自家醸造が規制されたあとも、東北地方を中心に、農家における自家醸造は明治~昭和にかけてもひっそりと続けられていたといいます。

これに対して税務署は、酒を自分で造っている者がいないかを「酒調べ」によって厳しく取り締まったということです。

こうした厳しい取り締まりがあったことをうかがわせる資料が残されていますので、紹介しましょう。

◎濁酒を造ることなかれ◎

酒税法第二十二条 免許ヲ受ケスシテ酒類を製造シタルモノハ三十円以上五千円以下の罰金ニ処シ仍其ノ製造ニ係ル酒類及其ノ容器々具器械ヲ没収ス

○右の如く政府の免許を受けないで酒を造ることは法律で禁ぜられて居ります。

○日本国民たる以上は誰人も必ず国の法律は守らねばなりません、勝手に酒を造って飲む人は此の法律を破るのであります

○或は自分の米で自分か造つて飲むのに何も悪いことはあるまいと思ふ人もあるかも知れませんが、之れは自分の金銭をやりとりする賭博をするのや、自分の腹の胎児をおろすのと同様に悪いことであります

○皆さんの飲む酒は免許を受けた酒屋で造くるので一石二十円の税金がかかって居ります。つまり誰でも酒を飲むときは一石二十円の税金を納めなければならないのであります 酒を隠して造る人は此の税金を納めないて酒を飲むのであります

○酒を隠して造る人は法律上の罪人であります、三十円から五千円までの罰金を取られます、罰金を納むることが出来ないときは監獄に入れられます。

 

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○今後は警察署でも厳重に取締をすることになりましたから、自分の町村からは一人も心得ちがひのものを出さぬ様に注意して下さい。

大正六年八月
何警察署
何税務署

◎濁酒を造る者は犯罪人なり◎

引用:真壁仁「東北農民濁酒密造記」『ドキュメント日本人7 無告の民』(1969年)※縦書きを横書きに変換。原文ママ。

「濁酒を造る者は犯罪人なり」という表現は、現在では考えられないレベルの教化のビラです。

このようなビラが、秋田県内でも自家醸造の風習が強い地域の各戸に貼り出されたといいます。大正時代における取り締まりの厳しさが、このビラからもうかがえることでしょう。

念のため補足しておくと、ここでいう「濁酒(だくしゅ・どぶろく)」とは、製造免許を持たない者が造る酒類(自家醸造)のことです。

この資料をとりあげた真壁仁氏は、東北地方や農民に焦点を当てた詩人として知られているそうです。

この資料にインパクトがあることは、その後、濁酒(どぶろく)に言及した各種の書籍においても引用されていることからもわかります。酒税法の研究は盛んとはいえないので、ネットには載っていません。

  • 野添憲治編著『どぶろくと抵抗』(1976)
  • 長山幹丸『どぶろく物語 密造王国秋田のどぶろく史』(1977)
  • 三木義一編『うまい酒と酒税法 かしこい酒選びのアドバイス』(1986)

「富国強兵の亡霊」

小説・ドラマなどから明治・大正期の日本にあこがれを持っている人は反発を感じるところもあるでしょうが、「富国強兵」という時代には「影」もあると理解すべきでしょう。

富国強兵には財源が必要であり、その手段となったのが酒税ということです。そうした圧力を強く受けたのが農民であり、自家醸造の規制でした。

真壁仁氏は、当時の税務署が出した資料から、富国強兵政策と酒税が結びついていたことを指摘しています。

何故に国では勝手に酒を作ることを禁止したかと云ふに、我が国では度々戦争に勝ってから世界中でも豪い国の仲間入をしたのである。従てそれ相応に兵隊や軍艦も造らねばならぬ。鉄道も敷かねばならぬというので毎年六億円といふ巨額の金が費るのである。此の費用は皆色々な税金から出さねばならぬ。其内一億円は酒の税金で、一石二十円掛つてある……

(大正四年の税務署の「注意書」)

ここで大正時代の資料を紹介しているのは、当時と現在には隔絶の感があるにもかかわらず、規制だけがずっと残っていることの違和感をお伝えするためです。

私(ブログ筆者)がここでいいたいのは、財源を富国強兵(覇権主義・軍国主義)へと結びつけることへの批判的な視線ではなく、たんに「一般人が酒を造ってはいけない」という規制が、もはや意味のない過剰規制である、ということです。

その規制は、もともと富国強兵から生まれた政策であるものの、こんにちの酒税という税目の重要性や自家醸造の現実味を考えれば、その規制の意義をとうに失っているのではないかと問いたいわけです。

まとめ

酒税法の自家醸造規制について、大正時代のビラをとおして考えてみました。

このようなビラを見ると、「人権感覚のうすい大正時代の話」とみるむきもありそうです。しかし、先ほど述べたように、大正であろうが平成であろうが、酒を自分で造ることは認められていません。

納豆や味噌を自分でつくってもOKなのに、なぜ酒だけがダメなのか。

現行の酒税法においては、許可を得ない自家醸造は「十年以下の懲役又は百万円以下の罰金」とされています。

「濁酒を造る者は犯罪人なり」―― 人権感覚のとぼしい時代の話かと思ったら、それはなんと、今も同じだった……というお話でした。