特定口座年間取引報告書だけで所得計算が終わらない事例

上場株式等にかかわる所得計算で利用される「特定口座年間取引報告書」は、すぐれものの書類です。しかし、この書類だけで所得計算を終了させることができない場合もあるので、その事例を整理してみます。

説明のポイント

  • 特定口座年間取引報告書だけで所得計算が終わらない事例
  • 概算取得費の採用、必要経費や青色申告特別控除の追加
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「特定口座年間取引報告書」とは

特定口座年間取引報告書は、株式や投資信託を取引する人におなじみの書類です。

特定口座で取引を行った場合は、証券会社が年間の取引金額を集計し、報告書として口座開設者に交付します。なお、証券会社は税務署にも同じものを提出しています。

この書類の読み方は、証券会社のホームページなどで丁寧に解説されています。

引用カブドットコム証券

特定口座年間取引報告書だけで所得計算が終わらない場合

記事の最初にも述べましたが、この記事で説明したいのは、この特定口座年間取引報告書だけで所得計算が終わらない場合です。

2003年に始まった特定口座制度により、取得費や売却金額の算定はほとんど不要になり、株取引の所得計算は劇的に楽になりました。

しかし、所得計算においてこの報告書に頼りすぎとなっているのでは、という微妙な懸念が筆者の中でありました。そこで、この報告書で所得計算が終わらない場合の事例を集めてみました。

[1] 概算取得費による場合

概算取得費は、売価の5%を取得費として計算できる制度です。とくに土地・建物の売却で用いられることが多いですが、株式でも利用することができます。

この制度の内容については、先日の記事で紹介しました。

売価の5%で計算できる「概算取得費」は、株式売買の申告でも使える点について触れておきます。取得費が不...

この記事の概要をまとめると、次のとおりです。

  • 上場株式等・非上場株式等の売価の5%を取得費にできるため、20倍以上に値上がりした株だと概算取得費を使った方が有利な可能性がある
  • 通達では「譲渡をした同一銘柄の株式等について」とされているものの、年間取引報告書だけだと合計値しかわからない

ここ10年にかけては新興の企業を中心に20倍以上に値上がりした銘柄も見られ、長期保有の場合は要注意といえます。

条文を見た限りでは、特定口座の場合において概算取得費の利用に制限がかかりそうな部分は、とくに見当たりませんでした。

[2] 販売費・管理費を追加できる場合

株式の売却に関する所得は、「譲渡所得等」という所得区分で表現されています。

この「等」って何だよ、という感じなのですが、これは株式の売買が「事業所得・譲渡所得・雑所得」のいずれかに該当するために、「等」とひっくるめて表現していることによります。

この所得区分については、証券税制の解説であればたいてい触れてあります。例として、みずほ証券の解説ページにリンクしておきます。

所得区分において「譲渡所得」ではなく、「事業所得」「雑所得」になる可能性は、措置法通達37の10・37の11共-2「株式等の譲渡に係る所得区分」で説明されています。

で、なぜ3つの所得区分が重要かというと、その所得の区分のうち「事業所得」「雑所得」である場合は、「販売費」「管理費」を必要経費として算入できる余地があるからです。

この点は、国税庁「株式等の譲渡所得等のあらまし」PDF1ページ目右側にも説明がありますし、東京国税局などが毎年作成する「所得税 誤りやすい事例集」にも同様の説明が見られます。

もし「販売費」「管理費」を必要経費に加えることができる場合は、当然ながら「特定口座年間取引報告書」だけで所得計算は終わらないことになります。

ただし、なにをもって「販売費」「管理費」とするかについては議論の余地があるようです。次の記事も参考にしてください。

2018年11月に更新された国税庁の仮想通貨FAQに、所得計算における「仮想通貨の必要経費」という項...

[3] 青色申告の場合

もし株式等の売買が「事業所得」に該当するのであれば、税務署への承認申請により、青色申告による特別控除の適用を受けることも可能と考えられているようです。

証券税制の解説書をひもとくと、株式等の譲渡による事業所得について青色申告の承認申請を積極的に評価する記述が見られます。(前田継男『個人投資家の証券税務読本』2009年)

もし、株式等の譲渡が事業所得に該当し、この所得について青色申告の承認申請をしているのであれば、上記[2]における管理費や青色申告特別控除も、所得計算に加味する必要があるでしょう。

当然ながら、特定口座年間取引報告書では所得計算は完結しないことになります。青色申告特別控除(65万円)の条件として、複式簿記による帳簿も必要です。

どのような場合に「事業所得」に該当するのかについては、データベースで検索してみたところ、過去に争われた裁決・判決がいくつか見られます。

お手軽に読めるものとしては、国税不服審判所の裁決事例として

  • 有価証券の売買による所得が事業所得ではなく雑所得であるとした事例(昭和55年11月3日裁決)
  • 有価証券の売買及び商品先物取引により生じた損失を雑所得を生ずべき業務から生じた損失の額と認定した原処分を適法とした事例(平成元年12月25日裁決)

が参考になるでしょう。

事業所得になるのは、やはり専業トレーダーぐらいでしょうか。(このあたりは機会があればもう少し調べてみます)

まとめ

特定口座年間取引報告書だけで所得計算が終わらない場合を、いくつか集めてみました。ここで紹介したのは次の事例です。

  • 概算取得費
  • 事業所得・雑所得の場合の販売費・管理費
  • 事業所得の場合の青色申告特別控除

これら以外にも、たとえば親から相続した上場株式等を特定口座に受け入れて、その後売却したことによる相続税額の取得費加算の特例などもあるでしょう。

事例を集めた理由ですが、年間取引報告書があまりに便利すぎて、報告書だけですでに所得計算が終わったかのような「過信」があるのでは……という懸念があるためです。

「申告不要」を選択できることも、こうした傾向の一因になっているように感じます。

ところで、年間取引報告書は損益通算などの場合を除いて必ずしも添付義務のある書類とされておらず、添付義務があるのは「株式等に係る譲渡所得等の金額の計算明細書」とされています。

よって、年間取引報告書よりも計算明細書を重視すべきというのが基本的な考え方といえるでしょう。

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