2020年の年末調整で実現する年末調整手続きの電子化について考える記事です。国税庁から提供される年末調整ソフトは、共用パソコンでの利用も可能とされています。この点のメリットを考えます。
説明のポイント
- 年末調整ソフトは、会社の共用パソコンによる利用も可能
- 共用パソコンにある暗号化データを経理担当者が回収した場合、データでの受け渡しが適正にされたといえるか?
前回のおさらい
前回の記事で、国税庁FAQをもとに年末調整手続きの電子化に関する図解を作成しました。
おさらいすると、次のように整理できます。
- 紙ベースだった会社は、年末調整ソフトを利用した方がよい
- 従業員は、ハガキに加えて、電子データの取得利用も可能。利用方法の周知が必要
- 会社は、従業員が年末調整ソフトで作成したデータを、紙とデータのどちらで受け取るかを検討する
前回の図解では詳しく触れませんでしたが、国税庁FAQでは、共用パソコンによる年末調整ソフトの利用も可能と案内されています。
小規模事業者や、IT化が進んでいない会社の場合、共用パソコンの利用を検討するのもひとつの方法です。この点について、もう少し実践的な検討を加えてみます。
「経理が用紙配布」から、「従業員が用紙印刷」に置き換わる
年末調整ソフトは、従来の「用紙配布」に代替して利用されることが想定されます。
つまり、いままでのように「経理が配布する」のではなく、「従業員が印刷する」という流れに置き換わります。
年調ソフトが「紙提出」であるならば、会社がその利用方法について周知するのは、次の点です。
- 年調ソフトからの出力は、紙提出によること
- 年調ソフトへ入力する情報は、従来のハガキのほかに、マイナポータル連携も可能であること
年調ソフトは、従業員が各自インストールすればよいわけですが、パソコンが苦手な従業員には、共用パソコンを利用してもらえばよいでしょう。
共用パソコンを利用することのメリット
FAQ問5-9を読むと、社内の共用パソコンを利用して、従業員どうしで同じ年末調整ソフトを利用できるとされています。
ソフトを共用すると、他の従業員に見られないかが心配ですが、ソフト内部でパスワードを設定できるとされており、お互いの情報を閲覧することはできません。
小規模事業者を想定し、共用パソコンで年調ソフトを利用するメリットを考えてみます。
最終的に、従業員が各自で印刷した申告書を持ってくるという点では、共用パソコンを利用した場合でも、従業員個人のPC・スマホでそれぞれ作成した場合でも同じことです。給与ソフトに入力する経理の負担に違いはありません。
ではメリットがどこにあるかというと、パソコンの活用度が低い会社では、従業員にも、パソコンを利用してもらいやすくなる点があるでしょう。誰が作業したか、という進行状況も管理しやすくなります。
このほか、令和2年の年末調整で入力したデータは、令和3年の年末調整ソフトに基本情報を取り込めるとされています。(FAQ問5-23)
従業員個々人のパソコンやスマホを利用した場合、こうした情報が散逸する可能性もあります。そうなると、共用パソコンで情報をまとめておくほうが、効率的かもしれません。
年調ソフトを利用する場合、どのような流れがもっとも会社に適しているのかを、それぞれの会社で検討していく必要があるでしょう。
データ提出のメリットを考える
従業員が年調ソフトで作成したデータは、XML形式に出力して、経理に渡すことができます。
ただし、次の点に配慮が必要です。
- 従業員が年調ソフトで出力したデータを、どのように受け取るか?
- 受け取ったデータを、給与計算ソフトでインポートできるか?
- 税務署に忘れず申請をしておく(直前だと間に合わない恐れ)
前回の記事の「3.年調ソフトからのデータ提出は難易度が高いのでは?」で検討しましたが、経理がデータを受け取るまでの流れにおいては、法令上の要件を満たす必要があります。
具体的には、次の点を想定しておく必要があります。
- 従業員が各自で出力したXMLデータを社内LANで受け取る(電子署名・暗号化不要)
- 従業員が各自で出力したXMLデータ(電子署名または圧縮暗号化したファイル)を電子メールまたはUSBメモリで受け取る。圧縮暗号化ファイルの場合は、経理で解凍が必要
- XMLデータを給与ソフトにインポートする
国税庁FAQやXMLデータの仕様書を読んでも、年調ソフトやインポートに対応する給与ソフトにおける詳しい動作は、まだイメージしづらい部分もあります。
よって、現時点の想定で話をするしかないのですが、年調ソフトから出力されたデータをインポートする場合においても、それなりの事務負担が生じるかもしれません。
共用パソコンのデータを経理が回収したらどうなるか?
共用パソコンを利用し、出力したXMLデータで給与ソフトにインポートする場合を考えてみます。
現状の国税庁FAQを読んでも、従業員がパソコンで入力し、自分でデータを出力し、経理に送信するという手続きが想定されています。
しかし、会社によっては、共用パソコンで従業員に入力だけをしてもらい、「入力済みのデータを経理担当者が回収したい」という意向もあるのでは……と想定されます。(※従業員が設定したパスワードを、経理担当者は把握していることを前提とする)
年調ソフトを利用する従業員が、会社から指定されたパスワードを用いて暗号化してデータを保存している状態の場合、「給与等の受領者が、給与等の支払者から通知を受けた識別符号(ID)及び暗証符号(パスワード)を用いて」という要件は満たしているといえそうです。
しかし、このデータを経理担当者が回収すると、「給与等の支払者に申告書情報を送信」した扱いになるかは、現状の国税庁FAQで参考になる回答は見られません。
法令を読むと、該当する部分は次のとおりです。
- 所得税法施行規則76条の2第2項「電磁的方法により同項の申告書の提供をしようとする給与等の受領者が・・・当該給与等の支払者に申告書情報を送信すること」
- 所得税法198条1項「支払者が提供を受けたときは・・・提出されたものとみなす」(同条3項による読み替えあり)
この「給与等の受領者(従業員)が送信」→「支払者(会社)が提供を受けたとき」という要件を厳格に読めば、従業員が経理にデータを”手渡す”という手順を踏む必要があるのでは? という疑問がうかびます。
別のいいかたをすれば、従業員が共用パソコンにデータを保管しただけでは、「会社はデータの提供を受けた」といえるかは怪しい、という心配があるわけです。
以上の話を整理すると、このようになります。
- 会社の従業員のパソコンスキルは低い
- 共用パソコンに年末調整ソフトをインストールして利用してもらうことを想定
- 経理担当者は給与ソフトへのXMLデータでのインポートを望んでいるが、従業員は、XMLデータのインポートして手渡すという作業を期待できそうにない
- このため、経理側でXMLデータを年調ソフトから出力し、給与ソフトにインポートしたいが、法令上の要件を満たしているかは怪しい
こうした不安を抱えるくらいならば、いっそのこと従業員には紙で印刷してもらって回収し、給与ソフトにも手入力するしたほうがよい、ということになるでしょう。
国税庁FAQの更新・改訂が今後あるならば、共用パソコンの利用に関する情報や、データの受け渡しに関する法令上の要件について、もう少し情報を充実させてほしいと感じています。
まとめ
2020年2月に公表された、国税庁の「年末調整手続の電子化及び年調ソフト等に関するFAQ」という資料をもとに、年末調整ソフトを共用パソコンで使っていく場合の事例について検討しました。
従業員がそれぞれにインストールした年調ソフトを使う場合、通常は紙での受け渡しが前提となり、経理での事務負担の軽減は、思ったほど期待できないかもしれません。
このため、データでの回収ができればいいのですが、従業員からデータを回収するためには、法令上の要件があり、難易度が高くなります。
そこで、共用パソコンにあるデータを経理担当者が回収できれば、給与ソフトへの入力もインポートにより楽になるはずですが、法令上の要件を満たせるのかという疑問が浮かびます。