年末調整手続の電子化 「データ提出」承認取消しにリスクはあるか

2020年の年末調整で実現する年末調整手続きの電子化について考える記事です。従業員が年末調整ソフトで作成したデータは、税務署への申請により、データのまま会社に提出することが可能ですが、不備がある場合には申請の取消しがありうることもFAQで触れられています。このリスクについて検討します。

説明のポイント

  • 取消しされた場合、取消通知日以降に申請は無効となる(さかのぼりなし)
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これまでのおさらい

2020年2月に国税庁から提供された「年末調整手続の電子化及び年調ソフト等に関するFAQ」をもとに、実務への影響を検討しています。

前々回の記事では、FAQを理解するための図解を作成しました。

2020年2月、国税庁から「年末調整手続の電子化及び年調ソフト等に関するFAQ」という資料が公表され...

年末調整手続きの電子化においては、従業員が作成した年末調整データについて、経理への受け渡しをデータで提供することも可能とされています。

ただし、税務署への申請が必要とされており、申請には必要な措置がされていることが要件となっています。

電子化のために必要な申請とは?

税務署に申請する場合、「源泉徴収に関する申告書に記載すべき事項の電磁的方法による提供の承認申請書」を提出します。

以前の記事で、記入方法について解説しています。

「源泉徴収に関する申告書に記載すべき事項の電磁的方法による提供の承認申請」の書き方をご紹介します。 ...

中小企業の実務において、この申請書を目にする機会が増えたのは、2016年頃からです。

中小企業向けのクラウド環境において、年末調整手続きをペーパーレスで完結できるようになったことが大きいでしょう。

それ以前では、年末調整関係書類をスキャナ保存したい場合でも申請されているとの話ですが(「税務通信」2017年FAQ問2-15にも示唆あり)、実際にそのように対応している中小企業は少ないでしょう。

2020年からは、年末調整ソフトが国税庁から提供され、データの受け渡しの場合はこの申請が必要とされています。

これで一躍、知名度アップの申請ということで、この申請でどのような影響が生じるかを気にする人も増えることでしょう。

申請が取り消される可能性?

さてここからが本題です。

FAQを読むと、問2-9に次の注意点が書いてあります。

勤務先が次に掲げる措置を講じていない場合には、この特例の承認を受けられないことがあるほか、既に受けている承認を取り消されることがありますので、留意してください。
・ 従業員が電磁的方法による提供を適正に行うことができるための措置
・ 従業員が電磁的方法による提供を行う際に、勤務先がその者を特定することができるための措置
・ 申告書に記載すべき事項について電子計算機の映像面への表示及び書面への出力をするための措置

「既に受けている承認を取り消されることがあります」などと脅されると、ちょっとビビってしまいそうです。

税務調査による取消しを恐れるあまりに、「それだったら面倒くさいし、紙のままでいいや」ということにもなりかねません。

法令にはどう書いてあるか?

法令を読んでみます。

所得税法施行令319条の2第2項
所轄税務署長は、法第百九十八条第二項の承認を受けている給与等の支払者につき次の各号のいずれかに該当する事実があると認めるときは、その承認を取り消すことができる。

同条第6項
第二項の規定による承認の取消し・・・があつた場合には、法第百九十八条第二項の承認は、その取消しの通知を受けた日・・・においてその効力を失うものとする。

これを読んでわかるとおり、取消し通知を受けた時点で、申請の効力を失うこととされています。

青色申告のように「さかのぼつて、その承認を取り消すことができる」とは書かれていません。

取消しされる状況は限定的?

扶養控除等申告書の提出は、年末調整の要件です。この点において、紙とデータに違いはありません。

もしデータを提出していなかった……ということであれば、それは申請の取消しとは異なる問題で、たんに「扶養控除等申告書の不提出」という扱いになります。

そう考えると、この申請の取消しが想定しているのは「データとしては提出していたけれど、法令上の要件を満たしていないデータ提出だった」という、限定的な状況といえます。

もちろん、不提出であった場合には、データ提出の申請取消しもいっしょにありうるでしょうが、論点から外れる話でしょう。

取消しされた場合の過去の提出分はどうなるのか?

万が一、申請を取り消された場合における、過去の提出分の取扱いについては気になるところです。

要件を満たさないデータ提出については、データで提出していたことそのものに違いがなければ、「さかのぼった承認の取消し」ではないために、容認されるものと考えます。

べつの厳しい見方としては、要件を満たしていない提出は、法令上の「電磁的方法」による提出に該当しない(つまり、データ不提出)とされる懸念も残ります。

(むしろ税務調査では、電磁的方法の要件チェックよりも、提出を受けたデータがきちんと保存されているかのほうに焦点が当てられると考えます。この点は次の記事で触れました)

https://kurihara-office.com/200311paper-less-adjustment8

紙提出の併用もOK

FAQ問2-12を読むと、データ提出の申請をした場合でも、紙の申告書を併用して従業員から受け取ることは可能とされています。

この点を考えても、このデータ提出の申請はかなり「ゆるめ」と考えられ、難しいなら、紙に戻せばいいわけです。申請で厳格な義務が生じるとはいえません。

もし申請取消しと過去のデータ提出の無効リスクがどうしても気になるのであれば、紙とデータ提出を同時に行うことも一案となるでしょう。

まとめ

2020年の年末調整で実現する年末調整手続きの電子化について、国税庁FAQをもとに、申請取り消しのリスクを検討しました。

法令を読む限りでは、きちんとした対応が会社で取られていれば、申請取消しのリスクは低いと考えられます。

この申請は、会社の実務を楽にするためのものですから、無理をして申請するメリットはありません。

法令上の要件は、従業員に関する個人情報の保護を考えてもやむをえない要請といえますので、要件と実務をセットで考えていくことが重要です。

給与ソフトが年末調整ソフトから出力されたデータのインポートに対応しているのであれば、積極的にデータ提出の申請を検討してよいといえるでしょう。

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