デジタル方面への改革にいっそう意欲的な菅政権になり、新しく設けられた目安箱である「デジタル改革 IdeaBox」には、税制・実務・生産性にまたがる内容が見られます。
注目された投書のひとつに、パソコン購入と減価償却の税制要件が見られますので、この点を考えてみます。
説明のポイント
- 減価償却の煩雑さを嫌い、10万円未満のパソコンが選ばれるという「10万円の壁」説があるとのこと
「デジタル改革 IdeaBox」の投書
前書きのとおり、「デジタル改革 IdeaBox」には、たくさんの要望が寄せられています。
トップページから「減価償却」で検索してみると、パソコンの機種選定と、減価償却の要件に絡めた問題が投書されており、ひろく注目が集まっていることがわかります。
とくに2020年10月14日投稿の「PC購入時の「10万円の壁」の解消」は、政府内部の会議の資料でも取り上げられています。(このPDFのP14)
興味深いのは、パソコンの機種選定に減価償却の税制要件が影響しているという指摘でしょう。これは「10万円の壁」といわれているようです。(筆者は初耳ですが……)
減価償却の税制要件の整理
法人税、固定資産税(償却資産税)では、10万円未満は固定資産に計上せずに即時経費にできますが、これを超えると固定資産に計上して減価償却していく必要が生じます。
とくにややこしいのは、法人税・所得税と償却資産のズレでしょう。
出典:固定資産税(償却資産) 申告の手引き(東京都主税局)
中小企業では、中小企業特例として30万円未満のものは即時償却できますが、償却資産としては即時償却にはならず、毎年の管理が必要です。また、中小企業特例における即時償却の年度上限は300万円とされています。
一方、20万円未満の場合に採用できる「一括償却資産」は3年償却で、即時償却はできませんが、償却資産の管理は不要になるので便利です。
ちなみに一括償却資産は、その名前に「償却資産」がついていますが、償却資産税としての管理は不要です。この点を説明すると、経理初心者としては「?」が5個ほど浮かぶほどにわかりづらい制度になっています。
東京都主税局の資料でも、「3年一括償却」という名称で説明を工夫している様子がわかります。
パソコンの選定に影響を与えている説
税法上の煩雑さを嫌って、管理が簡素・簡便になるようパソコン選定が行われているのではないか……。この「10万円の壁」という指摘を考えると、確かに微妙なところです。
実際のところ、この点を調査をした資料を筆者は知らないので、なんともいえないところですが、実感としては「あり得る」というところでしょう。
市販で選べるパソコンの価格帯を見てみると、お手頃な物は10万円未満から、高性能なものは30万円を超えるものもあります。
価格と生産性を考慮して適切なパソコンが選ばれることが好ましいところ、これに税法上の要件が考慮要素として加わることで、最適ではないパソコンが選定されてしまう可能性もあるかもしれません。
資産の管理台帳はどうなっているのか?
この点、筆者が疑問に感じるところは、税法の要件とは別として、会社における備品の管理台帳はどうなっているのか? という点です。
仮に管理が煩雑になるから、10万円未満の低スペックのノートパソコンが選ばれているとしても、こうした低スペックのパソコンも会社の備品であることに変わりはありません。
10万円未満で償却は考えなくていいから、会社も備品として管理はしなくていい……というのはどうでしょうか。
すくなくとも、従業員が使っているパソコンについては、セキュリティを考えても、なんらかの資料で管理されるべきものでしょう。
この点を考えると、税法上における固定資産台帳よりも、会社が具備しておくことが望ましい備品の管理台帳のほうがその範囲は広いといえます。
逆にいえば、「税制の要件が管理を煩雑にしている」説は、まるで会社が備品管理を適切に行っていないことを前提にしているのでは……という、微妙にうがった見方をしてしまいそうになります。
もちろん、会社の備品管理台帳と、税法上の固定資産台帳の突き合わせが必要になるため、管理が煩雑であるという意見を全否定するものではありません。固定資産台帳をもって備品管理台帳としているケースもあるでしょう。
簡便な方法なら、一括償却資産があるが……?
10万円超えるノートパソコンであっても、20万円未満の場合は「一括償却資産」が利用できます。
「一括償却資産」という名前のとおり、この区分に該当すれば一括で処理されるため、備品ごとの取得年月に応じた減価償却の月割り計算は必要ありません。
一括償却資産であっても、固定資産台帳に登録しているケースが多いでしょうが、償却資産税における管理は必要ありません。
そうなると、「一括償却資産」のデメリットというのは、「償却するのに3年間かかる」「台帳の登録が手間になる」という点といえます。
この点が嫌われて、10万円未満のパソコンが選ばれる……というのは、腑に落ちない点もあります。償却に3年かかるのは、管理の手間というよりも、有利不利の選択という気もします。3年間の償却額のトータルも変わりはありません。
まとめ
デジタル改革に寄せられた意見の中に、税法上の減価償却に関する問題があったので、興味深く考えてみました。
この手の問題については特段目新しい話ではなく、例えば、東京税理士会が作成している税制改正の意見書でも、一時損金算入の範囲を30万円に引き上げることを長らく要望しています。
この点、「事務の簡素化」という点で語られることが多かったのですが、「10万円の壁」というキーワードと、低スペックのパソコンが支給されて生産性に影響を与えているという意見は興味深いものがありますので、ブログにてご紹介しました。