前回の記事では、税理士業とデジタルノマドの相性について考えました。今回はもう少し深掘りして、勤務地自由化型のデジタルノマドを実践した場合と、「地域に密着している状態」や「税務調査への対応」を考えます。
勤務地の自由化と税務調査対応
前回の記事を整理すると、税理士業としてデジタルノマドを実践する場合には、事務所を移転するノマドではなく、勤務地の自由化だと実践しやすいという話でした。
一般的に、税理士業は定住型の業務が主流で、従業員も顧客も、事務所の周辺にいることが多いと思われます。
このようなことが「当たり前」の価値観とされていますので、ここで「デジタルノマド」のような流行りのスタイルを取り入れることには、反感を覚える方も当然にいることでしょう。
筆者もデジタルノマドの可能性を検証しているのですが、気になる点もゼロではありません。
最も気になる点は、「いざというときに、顧客対応や税務調査をどうするのか」というものです。
税務調査の対応にリスクはあるか?
デジタルノマドとして「勤務地の自由化」を実践する場合、必ずしも事務所に税理士やスタッフが常駐しているとは限らなくなります。
こうした場合に、「いざというときに顧客のもとに駆けつけられなかったらどうする?」という懸念はあることでしょう。
ここでいう「いざというとき」というのは、税理士業では税務調査対応が想定されるはずです。
税務調査は通常、税理士にもとに事前通知があったのち、調査日を決定してから実施されます。また、税理士法における書面添付を実施している場合は、税務調査の前に、事前の税理士からの意見聴取が実施されます。
しかし、書面添付を実施した場合であっても、無予告調査の可能性はやはりあるとされています。
遠方にいる税理士が急ぎの対応に困るのは、この無予告調査でしょう。
しかし、いつあるかもしれない無予告調査に備えて、事務所に常駐するということは、実質的に不可能といえます。もしそのような常駐の対応が必要ということであるならば、おちおち外出も出張もできません。
もし、無予告調査の可能性が高い顧客がいるのであれば、「勤務地の自由化」について事前の理解をえる必要があるかもしれません。
滞在場所を公表するリスクはあるか
ここで一点気になるのは、自分の滞在場所をインターネットで公表してもよいのか、ということです。
これだけSNSが活発な時代ですので、自分の居場所を公表することはめずらしいことではありません。「デジタルノマド」としての宣伝のために、アクティブさをアピールする意味もあることでしょう。
しかし、こうした行為にはリスクもあるかもしれません。
筆者が以前に耳にした話ですが、自分と緊張関係にある相手との交渉で、予定のすりあわせをするときに自分の出張予定(つまり対応できない期間)を相手に伝えたところ、その出張のさなかに相手が意図的にアクションを起こし、緊急の対応がとれなかったということがあったそうです。
これはあまりに仁義を欠いたひどい事例ですが、同じようなことが税務調査でもないとは限りません。つまり、税理士が安易に自らの予定や滞在場所を公表することは、身動きできない状況を狙われる可能性もゼロではない、ということです。
後述するとおり、税理士業では電子化の一層の促進が求められています。電子化が促進されれば、当然に勤務地も自由化されていくことでしょう。
しかし税務調査で、このような状況をねらって「抜き打ち」のような対応が予想されるのであれば、萎縮効果が生じるかもしれません。
「長期の出張」と「勤務地の自由化」はどう違うか
税務調査対応だけでなく、「勤務地自由」型のデジタルノマドを実践する税理士事務所に対しては、「地域密着ではない」という批判もあるかもしれません。
税理士業は定住型が当然とされてきましたので、新しいスタイルを実践しようと先進的に取り組めば、これに対する批判も当然に予想されます。
ここで比較対象としたいのは、「長期の出張」との違いです。
「長期の出張」は業務の必要があって長期に旅行しているわけですが、「勤務地の自由化」ではプライベートも込みで、任意の勤務地を自主的に選択しているという点に違いがあります。
もし事務所を長期不在にするとしても、仕事の必要があって「長期の出張」をするのであれば、「地域密着ではない」と批判されることはないでしょう。
「長期の出張」と「勤務地の自由化」のいずれでも、事務所ではない外部に滞在する必要がありますので、遠方で仕事をしているという状況に違いはありません。
違いがあるのは、遠方への旅行に、仕事の必然があるかないか、です。
前回の記事でも述べたとおり、仕事とは「事務所の椅子に座ること」ではなく、「業務を仕上げること」ということです。そうなると、オンラインでの業務が可能な状態であれば、本質的な違いはさほどないといえます。
そうなると、「地域密着ではない」という批判にどれほどの違いがあるのかは、よく検討する必要があるでしょう。
業務のオンライン化は、「地域密着」ではないかもしれませんが、「顧客密着」はむしろ促進されているともいえるかもしれません。
税制改正では「業務の電子化」をうながされている
令和4年度の税制改正の大綱(P.67)によると、
税理士及び税理士法人は、税理士の業務の電子化等を通じて、納税義務者
の利便の向上及び税理士の業務の改善進歩を図るよう努めるものとする旨の
規定を設けることとする。
という内容が見られます。
また、日税連が2021年に公表した答申「主要国の税務行政のICT/AI化の展望と未来の税務専門家制度についての考察」を読むと、クラウドコンピューティングの活用による直接訪問の機会減少(P.4)、地域的に離れている納税者と税務専門家とのオンライン会議の活用(P.5)が想定されています。
この答申で示されている「税理士5.0」が、たんに勤務地の自由化を実践している事務所を含んでいるのかは、よくわかりません。
しかし、業務のオンライン化が進めば、必然的に「地域差を越えて業務を行うタイプ」も可能になっていくことでしょう。
話を戻しますと、電子化を徹底して促進すれば「勤務地の自由化」は可能です。これはIT企業を中心に、勤務地の自由化が進んでいることでもわかります。
税理士業では顧客との関係性もあるため、即時にこのようなことが起こりうるとは思えませんが、身動きの軽い小規模事務所を中心に「勤務地自由」型を実践する事務所があっても違和感はないと考えます。
まとめ
税理士業でデジタルノマドとしての「勤務地の自由化」を実践する場合に、支障になりそうな課題として「税務調査への対応」や「地域密着ではないことへの批判」を想定して考えてみました。
念を押しておきますが、ここで税理士業とデジタルノマドのあり方を検討しても、それも一つの業務のあり方である、という話にすぎません。
また、前回の記事でも書きましたが、税理士業だけでなく、個々人それぞれが抱える「生活圏のしばり」という問題も含むため、「勤務地の自由化」が可能といわれても、なかなか難しいこともあります。
さしあたっては、ワーケーションのようなスタイルから実践するのも一つの方法でしょう。