日経で報じられた「電子納税しやすく 国税庁、証明書や専用機器不要に」という記事について、ネットで誤解が広まっているようなので、補足しておきます。
説明のポイント
- IDとパスワードだけで電子申告できるのは、あくまで一時的な措置
- 本来の方式は「マイナンバーカードによる申告」
日経の報道が誤解されている
日本経済新聞(電子版)は、2017年7月16日の記事において「電子納税しやすく 国税庁、証明書や専用機器不要に」と伝えました。
日経電子版は有料サービスですが、先頭部分の記事だけは無料で誰でも読むことができます。このことが仇となり、記事の内容が間違って解釈されていることに気づきました。
たしかに、無料で読める記事の前半を見ると、
今の電子申告では本人確認のための読み取り機器やマイナンバーカードなどの電子証明書が必要だが、税務署でいちど本人確認すればIDとパスワードで認証できるようにする。
とだけ、書かれています。
これを見て、「へーそうなんだ、もう確定申告で電子証明書(マイナンバーカード)はいらないんだ」と早合点してしまうことも、やむをえないことでしょう。
この見出しと無料記事の部分のインパクトが強かったためか、はてなブックマークでも関心が寄せられているようです。また、スラッシュドット・ジャパンのスレッドでも、早合点したコメントが投稿されています。
そのなかには、「今まで買ったカードリーダー代が無駄になっただろ!」みたいな怒りのコメントも見えます。確かに、もっともな話でしょう。
何が誤解なのか?
最初に強調したいのですが、この報道は確定申告における電子証明書(マイナンバーカード)の利用が廃止されて「ID・パスワード方式」に切り替わる、という意味ではありません。
それは、この電子版の記事を最後まで読むとわかります。
国税庁はスマートフォンなどにカードの読み取り機能の導入が進むと見ており、3年程度の暫定措置として実施する。その後はマイナンバーカードの普及状況などを見て制度を続けるかどうかを決める。
(筆者が日経テレコンで確認)
つまり、この「ID・パスワード方式」は、マイナンバーカードやカードリーダーを取得していない納税者向けの、暫定的な措置ということです。
そして、マイナンバーカードが普及した時点で、「ID・パスワード方式」は廃止される予定です。
本来の方式はあくまで、マイナンバーカードを利用して電子申告をすることであり、それは今後も変わらない方針です。
日経の報道は、IDとパスワードの利用を暫定的な措置であることを記事の末尾に書いたため、あたかも、国税庁が「新方式」に方針転換したかのように読めてしまいます。
見出しと記事の冒頭だけを見れば、カードリーダーを買った人が誤解して怒るのも、無理のない話でしょう。
国税庁の発表で再確認する
この日経の報道は、とくに目新しい情報ではありません。実は、2ヶ月前の2017年5月の時点で、国税庁からあった発表をもとにしています。
その発表とは、個人の確定申告を2019年からID不要で(つまりマイナンバーカードだけで)申告できるように簡便化するというものです。この簡便化を見てもわかるとおり、マイナンバーカードを使った申告が「本来の方式」なのです。
その一方で、新たに導入する「ID・パスワード方式」は、マイナンバーカードを取得できない納税者向けの補助的な対応として新たに用意されます。
2019年からの対応を整理すると、こうなります。
現行は、「ID(利用者識別番号)+パスワード+マイナンバーカード」をすべて利用する方式になっています。
これが2019年からは、マイナンバーカードがあれば、ID(利用者識別番号)とパスワードは不要になります。
ただし、マイナンバーカードをもっていない人もまだいっぱいいるので、その場合には税務署で本人確認済みの「ID・パスワード方式」を申請すれば、マイナンバーカード不要で電子申告を利用できます。
理解が難しい方は、日経の記事は忘れてしまい、下記の国税庁のお知らせだけをご覧いただければOKです。
参考:【平成31年1月開始】e-Tax利用の簡便化に向けて準備を進めています(国税庁e-Taxサイト、平成29年5月)
マイナンバーカード及びICカードリーダライタが未取得の方については、厳格な本人確認に基づき税務署長が通知したe-Tax用のID・パスワードによる電子申告を可能とします(注1)
(注1) マイナンバーカード及びICカードリーダライタが普及するまでの暫定的な対応(導入後、概ね3年を目途に見直し)として行います。
じゃ、その暫定の「ID・パスワード方式」はどうなの?
暫定的に並行措置として導入される「ID・パスワード方式」は、そんなに魅力的なのでしょうか? マイナンバーカードが不要になるのだから、一見便利に見えるかもしれません。
すでに国税庁が発表しているとおり、「ID・パスワード方式」はマイナンバーカードが普及するまでの暫定的な措置として、ID・パスワードだけでの電子申告が認められます。
ただし、このIDとパスワードの交付には、あらかじめ厳格な本人確認が必要になります。
この点を見ると、「ID・パスワード方式」による電子申告が便利かというと、じつに微妙です。
現時点ですでに電子申告を実施している人には、そもそも意味が乏しい話でしょう。マイナンバーカードとカードリーダーを持っていれば、電子申告はできるからです。
また、「ID・パスワード方式」におけるID交付は、税務署で厳格な本人確認が実施された上で交付されます。「ネットで簡単申込み」のような手続きではなく、税務署に出向いて、通知カードと運転免許証などの提示が必要になるでしょう。
その負担については、マイナンバーカードの申請と比較して、どっちが楽か? ということになります。
また、将来的に廃止される見込みなのに、わざわざID取得を選択するのも、意味の感じられる話かといえば微妙です。
こうしてみると、「ID・パスワード方式」は、老年層を中心とした納税者を意識した措置とも考えられます。国税庁は、電子申告の利用率の向上を強く意識しているからです。
引用:『税務行政の将来像~スマート化を目指して~』(国税庁) 所得税の電子申告は近年、利用率の上昇が頭打ちになっている
まとめ
日経の報道が誤解されて広まっているようなので、意味を補足する記事を書きました。
繰り返しますが、所得税の確定申告は、マイナンバーカードの利用による電子申告が本来の方式であり、今後導入される予定の「ID・パスワード方式」は、あくまで暫定的な対応とされています。
補足情報はインパクトが少ないので、この記事が読まれることはあまりないでしょうけれど、ブログ読者の方には認識が伝わればよいと考えます。
それにしても怖いのは、見出しだけで記事をすべて理解した気になってしまうことです。
昨今では、報道各社の記事の有料化が進められており、記事の見出しや冒頭部分しか読めないこともめずらしい話ではありません。
しかし、重要な「条件分岐」が記事の末尾に書かれていると、無料利用の読者はそれを理解する手段がありません。
筆者はジャーナリズムの専門ではありませんが、このような「見出しや冒頭記事の誤読」が引き起こす問題については、もっと認識されてよいと考えます。お互いに気をつけましょう。
筆者の見たところですが、日経の記者がこの件に気づいたのは、2017年6月30日に発表された財務省の「行政手続コスト削減のための基本計画」に、同種の記載があったためと推測されます。
しかし、その財務省発表の1ヶ月前に、国税庁がe-Taxの簡便化の話を発表しているのですから、その点をふまえて説明すれば、こんな誤解を招かなかったのに……と感じました。
参考になる関連記事
2019年からの変更点を整理した記事を書きました。
2019年からはスマホでも電子申告できるようになります。これも「ID・パスワード方式」によるものです。
すでにマイナンバーカードで電子申告に対応できている人でも、「ID・パスワード方式」を利用できる点を説明しました。