令和3年度税制改正で電子取引における検索要件はなぜ変わったのか? その理由を考察しています。
前回の記事の続きです。
説明のポイント
- 電子帳簿保存法の検索要件が改正された要因の推測
- クラウドサービス、電子メールの保存も影響している?
- 改正前要件は「達成不可能」なことが書かれている可能性
3.クラウドサービスとの対応関係
検索要件が簡素化された理由として、実務上で思い浮かぶのは、事業を効率化させるクラウドサービスとの関係において、電子取引の要件達成が難しいためではないか、ということです。
要件のなかでもとくに難しいのが「検索要件」です。令和3年度税制改正前の検索要件では、「組み合わせ検索」「範囲検索」が必須とされています。
しかし、こうした要件を本当にすべてのサービスが備えているかというと、実際のところ、かなり微妙な印象があります。
筆者の知る例として、あるクラウド型の電子契約サービスを挙げてみます。
その電子契約サービスでは、リリースからしばらくの間、電子帳簿保存法における電子取引の要件を満たしておらず、印刷が必要であることをヘルプページで説明していました。満たしていない要件のなかには、検索要件も含まれていました。
せっかくの電子契約なのに、電子帳簿保存法の要件を満たせないために、電子契約した契約書なのに印刷が必要、というかなり微妙な状況だったわけです。
その後しばらくたち、そのサービスは電子取引の要件を満たし、書面印刷も必要なくなっています。
検索要件がクラウドサービスの提供を阻害する?
上記の例を考えてみれば、電子取引の検索要件の微妙さを感じるところでしょう。
サービスの提供側が電子帳簿保存法の要件を案内してくれるかというと、むしろそうではないケースのほうがほとんどであると考えられます。
上記の例では、サービス提供事業者が電子帳簿保存法の要件を積極的に検証していただけ、むしろ良心的であるといえます。
実務負担を軽減できるツールとしてクラウドサービスを利用しようとしても、これが電子取引の要件を満たしているかは、利用者も容易に判断はできません。
サービスを提供する側としても、複雑な要件があれば、とまどいを感じることでしょう。今後提供される便利なサービスがあっても、電子取引の厳格な要件のために、「これじゃつかえない」といった事例が多発する恐れもあったわけです。
令和3年度税制改正における「検索要件の簡素化」は、こうした問題を解決するため、という推測もできそうです。
JIIMAは認証制度を用意するとのこと
これは最近知った話ですが、JIIMA(公益社団法人日本文書情報マネジメント協会)では、「電子取引」の要件認証制度を新設するそうです。
先日改訂版が公開された『電子取引 取引情報保存ガイドライン Ver2.0』に、その記載が見られます。
これも、電子取引の要件が複雑だったことを示しているでしょう。要件が複雑でなければ、認証制度はそもそも必要ないはずです。
4.電子メールの保存が難しい
電子帳簿保存法のなかでも謎のある部分として、「電子メールの保存」が挙げられます。
取引情報を含む電子メールの保存が必要なことは、電子帳簿保存法Q&Aでも示されています。
問4 電子取引には、電子メールにより取引情報を授受する取引(添付ファイルによる場合を含む。)が該当するとのことですが、全ての電子メールを保存しなければなりませんか。
【回答】
この取引情報とは、取引に関して受領し、又は交付する注文書、領収書等に通常記載される事項をいう(法2六)ことから、電子メールにおいて授受される情報の全てが取引情報に該当するものではありません。したがって、そのような取引情報の含まれていない電子メールを保存する必要はありません。
具体的には、電子メール本文に取引情報が記載されている場合は当該電子メールを保存する必要がありますが、電子メールの添付ファイルにより授受された取引情報(領収書等)については当該添付ファイルのみを保存しておけばよいことになります。
しかし、このような電子メールを電子帳簿保存法の要件にしたがって、範囲検索や組み合わせ検索まで満たして本当にきちんと保存できるのかでしょうか。
筆者もこの点、長らく疑問を覚えていました。
JIIMAはどう案内しているか?
上述したJIIMAの『電子取引 取引情報保存ガイドライン Ver2.0』には、ver1.0から引き継いで電子メールの保存方法についても解説されています。
具体的には、社外との取引があればすべてのメールを保存する必要があるとされており、部分的に紙で印刷することは認められないとされています(P.33)。また、メールアーカイブの実施や、検索機能の確保が必要とも解説されています。
しかし、大企業は別として、中小企業や個人事業主までも、このような要件を本当に満たせるのでしょうか?
改正前要件は達成不可能?
この点、疑問が氷解する見解を述べられていたのが、長濱和彰氏のコラムです。(参照:「情報管理マガジン」2019年)
このコラムによれば、電子取引の記録保存要件を完璧に満たす市販のメールソフトは、著者の知験の範囲では存在しないと述べられています。
その理由として、電子帳簿保存法における電子取引の要件は、創設当時に中心だったEDI取引を想定したものであり、電子メールは黎明期だったからではないかと推察されています。
また、電子取引の要件は取引実態に応じて改正の必要があるのでは、とも述べられています。
この見解は、実情を把握する意味で貴重と考えます。
つまり、現行の電子取引の検索要件は、現実として達成不可能なことが書かれているのでは? ということです。
「電子取引」の個別事情を考慮せず、一括した要件のもとに対象範囲がどんどん広がっていったために、現状ではそのひずみが生じている、という事情がうかがえます。
これは、上記3のクラウドサービスでも同じことといえます。
それでも謎は残る
こうした問題を解決するための方策が、検索要件の簡素化ではないか、という推測がなりたつでしょう。
改正後の要件では、検索対象は「日付・金額・取引先」に限定されます。また、組み合わせ検索や範囲指定も、ダウンロードの求めに応じるのであれば不要とされます。
もし調査官の求めに応じて、電子メールをダウンロードするのであれば、平文のMBOX形式で出力するのが通常でしょう。(参考:Gmailの場合のデータ出力)
しかし、これでも謎は残ります。
例えば、電子メールの文中に含まれる日付の様式は「2021/3/3」「2021/03/03」「03/03/2021」「2021年3月3日」「令和3年3月3日」などと不統一です。
電子メール内部で統一された日付は「メール発信日」ですが、これを通達4-39に当てはめることができるのかも気になるところです。
また、メール本文における金額の表示も「50,000円」「50000円」のようにバラツキがあります。
取引先名も、宛先であればメールアドレスをベースに統一されていますが、メール文中による場合は統一性に欠ける場合があります。
これをもって、検索要件の該当性をどう考えるべきでしょうか。悩みは尽きません。
まとめ
令和3年度税制改正における電子帳簿保存法の要件改正のうち、電子取引の検索要件について注目する記事です。
検索要件の改正については、紙保存が廃止になったことへの対応として説明されることがほとんどではないかと思われます。
当ブログでは、これ以外の理由として、クラウドサービスや電子メールの保存もあるのでは、という推測をしてみました。
電子取引の実情について考えてみると、どうも達成不可能な要件が課されているように感じます。
とりわけ電子メールの保存では、その傾向が顕著です。範囲検索、組み合わせ検索を満たすことなどは、個人事業主や中小企業では難しいでしょう。
もし、こうした理由を原因として改正したとするならば、「いままでが微妙だった」ということを認めることと同意義です。よって、こうした理由がおおやけに説明されることはないと考えます。
あくまで筆者の推測ですので、ご注意ください。