小規模事業者とIT化について考える記事です。中小企業庁が実施している調査に基づき、中小企業の現場に密接している税理士自身が考えていきます。第3回目の記事です。
説明のポイント
- 若手経営者の場合でも、未IT化の小規模事業者は一定割合いるが、その理由はよくわからない
- 従来型の補助金制度とは異なる、小規模事業者のIT導入を支援する制度が必要では?
前回までのおさらい
第1回~第2回の記事では、小規模事業者のうち3割が表計算ソフトを使っていない「未IT化」の状況ということを確認しました。また、ITを導入しない理由はコスト負担ではない、という点も見てきました。
7.小規模事業者のITの相談相手は商工会議所・商工会が多い
小規模事業者を対象とした調査を見ると、ITの導入に関する相談相手は、商工会議所・商工会が大きな割合を示しています。
商工会議所・商工会は、小規模事業者支援の中核として位置づけられていますが、小規模企業からの「よろず相談」の相手として高い信頼を得ていることがわかります。(ただし、この調査そのものが、商工会議所・商工会の協力で実施されていることに留意)
引用:中小企業庁委託調査「平成29年度 小規模事業者等の事業活動に関する調査」(2018年3月)
これに比べると、中小企業の身近にいるはずの会計事務所は、ITの相談相手としては選ばれづらいようです。
また、本職のITコンサルタントは、小規模企業からは縁の遠い相手として認識されています。
IT導入補助金における「IT導入支援事業者」や、経済産業省が進める「情報処理支援機関」の制度にしても、やはりパッケージやシステムを導入する話で、ここで述べているような未IT化の小規模事業者を支援する話とは違う印象があります。
8.小規模事業者は若手でもIT化されていない可能性あり
中小企業庁の資料によると、小規模事業者の数は325万者と推計されています。(経済センサスに基づくもので、税務統計とは乖離があるとされている)
引用:中小企業政策審議会小規模企業基本政策小委員会(第10回)配布資料「小規模事業者政策について」(中小企業庁、2018年)
また、事業収入以外に年金収入もあると答えた小規模事業者の割合も多く、経営者の高齢化が進んでいる可能性が示唆されています。
小規模事業者の経営者の年齢と、未IT化について関連付けた資料は見つけることができなかったので、「未IT化=老年層」と断定することはできません。
老年層の小規模事業者については、今までのやり方を変えることは腰も重いでしょうから、IT化を促す施策の効果は薄くなります。
若手経営者の場合はどうか?
逆に「若手経営者の場合はどうなっているのか?」という点で、興味深い資料がありました。
都道府県の商工会青年部員を対象に実施した「商工会青年部員におけるITの活用に関するアンケート調査【速報】」(中小企業政策審議会小規模企業基本政策小委員会(第13回)配布資料 )という資料です。
この調査結果を見ると、Googleフォームで調査回答を実施しているのは、さすがに商工会の青年部員というところです。しかし、そのIT利用率の内容を見ると、
- パソコンの保有率 70.9%
- 電子メールの利用率 64.2%
- ネットバンキングの利用率 32.1%
となっています。やや気になるのは、この利用率をもって「IT化はある程度進んでいる」と自らを評しているところでしょう。
インターネットで積極的に回答する意欲を持ち、インターネット経由のフォームで回答できる青年部員の経営者なのに、なぜ電子メールを事業に使わない割合が36%もいるのかは、やはり気になるところです。
その理由は調査されていないのでわかりません。ここからは筆者の想像ですが、「対消費者事業」「業種の性格上」「電話応対がもっぱら」「実はスマホのLINEでやりとりしていた」などが可能性としてありえますが、このあたりはもう少し詳細な調査・分析した研究が必要に感じます。
総論 未IT化の小規模事業者への支援はどうすればいいのか?
小規模事業者には、表計算ソフトを活用していない、いわゆる「未IT化」のグループが3割程度いるのでは……? という懸念を述べてきました。
ちなみに、ここで述べているIT化とは、システムの導入を指す意味ではありません。
たんに数万円のノートパソコンを買ってExcelをちょっと使えば、集計や管理が楽になるのに、なぜ利用しないのか? という疑問を述べているだけのことです。
関連するデータを見てみると、小規模企業におけるIT化の問題はコスト負担ではなく、「効果がわからない」「そもそも苦手で利用できない」というボトルネックの可能性があります。
そうなると、現状の補助金制度である「IT導入補助金」や「小規模企業持続化補助金」は、こうした未IT化の小規模事業者に対して効果を発揮できるのかは疑問です。
補助金制度は、IT化を促進する効果はあっても、未IT化の状況を改善する効果は乏しい可能性があります。
「小規模企業振興基本計画(第Ⅱ期)」(2019年6月閣議決定)によれば、生産性向上、働き方改革、人手不足への対応の観点から、「小規模事業者のIT活用を抜本的に進めていく必要が生じている」と述べています。
ただし、結局のところそのIT活用の支援策といえば、システム導入などの補助金制度に留まるのが現状でしょう。ITに関する補助金制度は、デジタル・デバイドを拡大させる「負の効果」もあるはずです。
どうすればいいのか?
未IT化の小規模事業者が3割いるとすれば、その小規模事業者の数は100万者に及ぶことになります。(ただし、異なる調査を組み合わせた推計であることに留意)
この数は少ないものとはいえず、捨て置けばいずれ消えゆくレベルといい切れるものでもありません。
では、どのようにIT化を支援していくかですが、次のような案が考えられます。
- パソコンの基本的な使い方を学習し、電子メールを送れるようにすること
- 表計算ソフトの基本的な利用方法を学習すること
- インターネットバンキングによる決済を学習すること
めずらしいことは書いていませんが、そのめずらしくないことができていない小規模事業者が少なくとも3割はいるかもしれない、ということが問題なわけです。
そして、Excelを使う人は、使わない人のことなど想像にも及ばないという、根本的なデジタル・デバイドの可能性があり、中小企業向けの施策にもその問題が横たわっている可能性があります。
小規模事業者にアプローチする経路としては、商工会議所・商工会が高い割合を示していることがわかっています。
こうした支援団体の力や、パソコン指導を専門とするスクールの事業者と協力し、未IT化企業をIT化して底上げを図っていくことが一案といえそうです。
こうしてみるととても面倒くさい話なのですが、予算を獲得して、補助金をばらまけば解決するという状態ではない、ということは念を押しておきたいです。
おわりに
この記事は、「2022年までに財務・会計のクラウドの利用割合を4割にする!」という政府目標を検討するところから始まった疑問の余談です。
小規模事業者にスポットを当ててみると、クラウド会計どころか、現実はもっと違うレベルでボトルネックがありそうなのではないか……という点が気になったので、この記事を書きました。
こうしてみると、補助金制度だけではない、底上げをはかるような施策も必要なのでは、と考えるしだいです。