インボイス制度については、その登録は必ずしも義務ではなく、事業者の任意とされています。現在免税事業者であり、インボイス制度の開始後も免税事業者を継続する場合に気になるのが、価格表示に関する部分です。
微妙に不安を覚える点がありますので、思考を整理しておきます。
説明のポイント
- 免税事業者は、消費者向け販売でも総額表示の義務は適用されていない
- 価格表示で「税込」がなければ問い合わせを受けるかもしれない。しかし「税込」と書けばインボイスが発行できると誤解される恐れもある
- 解決策としての「消費税はいただいておりません」の表示は可能か?
免税事業者は総額表示の対象外
現在のところ免税事業者であり、2023年10月以降のインボイス制度の開始後も、免税事業者を継続する事業者も当然にあることでしょう。
国税庁の作成した免税事業者向けのパンフレットでも、「登録を受けるかどうかって、どう判断したらいいの?」という疑問に対して、「消費者、免税事業者である売上先は、インボイスが不要です」と書いてあります。
たしかに、販売先のほとんどが消費者であれば、インボイスの交付を求められることはほとんどないでしょう。
国税庁のパンフレットでは、インボイス制度のために無理にでも課税事業者に移行してインボイスの登録事業者になる必要はないかもしれませんよ……と案内していると考えられます。
免税事業者の「消費税」記載は自然消滅する
しかし、少し気になる点もあります。
免税事業者で、これまでレシートに「消費税」と書いてきたり、価格表示に「税込」と書いてきた場合は、どう対応すればいいのでしょうか。
このブログでは、すでに似たような話を検討したことがあります(2019年9月の記事、2020年12月の記事)。そのときの話を整理すると、もし免税事業者が消費税を記載しても「望ましくないが、ダメではない」という程度ではないかと考えています。
免税事業者が消費税を記載する慣行は、インボイス制度の開始後、税抜ベースに収斂して自然消滅すると思われるからです。
ちなみに国税庁は、Q&Aにて
免税事業者は、取引に課される消費税がないことから、請求書等に「消費税額」等を表示して別途消費税相当額等を受け取るといったことは消費税の仕組み上、予定されていません。
(国税庁「消費税の軽減税率制度に関するQ&A(個別事例編)」問111)
と書いており、免税事業者ではもとから消費税の授受は存在しない、という態度を示しています。
免税事業者の消費税の表示については「我関せず」ということなのでしょう。
消費者向け販売の価格表示はどうしたらよい?
話を戻します。
免税事業者が存続する可能性が高いと考えられているのは、おもに消費者向けの販売を行っている小規模事業者と思われます。では、インボイス制度が始まったあとで、消費者向けの販売をしている場合に、価格表示はどうしたらよいのでしょうか。
消費者向けの販売では、総額表示が求められています。しかし、免税事業者はもとから総額表示の義務の対象外とされています。
(価格の表示)第六十三条 事業者(第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)は、不特定かつ多数の者に課税資産の譲渡等(第七条第一項、第八条第一項その他の法律又は条約の規定により消費税が免除されるものを除く。以下この条において同じ。)を行う場合(専ら他の事業者に課税資産の譲渡等を行う場合を除く。)において、あらかじめ課税資産の譲渡等に係る資産又は役務の価格を表示するときは、当該資産又は役務に係る消費税額及び地方消費税額の合計額に相当する額を含めた価格を表示しなければならない。
このことから、本来的に免税事業者は消費税を想定して価格表示する必要はありません。これはインボイス制度の前後で同じ話です。
先ほど引用したように、「免税事業者は・・・別途消費税相当額等を受け取るといったことは消費税の仕組み上、予定されていません」とのことですから、免税事業者に総額表示の義務がないのも当然のことでしょう。
免税事業者が価格表示について総額表示の義務がないとしても、現在「税込1,100円」と表示しているものを、インボイス制度の開始後もそのまま「税込1,100円」と表示した場合、どうなのでしょうか?
「税込」と書いた場合、インボイスの発行ができるものと誤解される可能性がある?
前述のとおり、「税込」と書いた価格表示は、免税事業者では求められていません。
インボイス制度の開始後に「税込」という表示を続けると、インボイス制度の点からは問題点が生じる可能性があります。
なぜかというと、「税込」と書いてあれば、消費税を収受していると思われるため、経費精算を希望する人が買った場合は、インボイスの交付(領収書の発行)を求められる可能性があるからです。
その際に、「私はインボイスの登録事業者ではありませんので、インボイスは交付できません」と答えたならば、「なんで税込と書いているんだ、誤解しただろ、消費税を納めていないならその分を値引け」などと、ややこしい人とのトラブルが生じる可能性も気になるところです。
また、「税込」と書いているのに消費税を納税していないことが疑われる結果として、制度を誤解した人からの風評被害が生じないとも限りません。
「税込」なしの価格表示にした場合、「これって税込なの?」と聞かれる可能性
なるほど、インボイス制度の開始後も「税込」と表示すると、免税事業者にとってはデメリットもありそうだ……という気がします。
では、今後は消費税は想定しないように、「税込」を削って単に「1,100円」という表示に変えた場合は、どんなことが予想されるでしょうか。
国税庁のいうとおり、免税事業者に消費税の授受は想定されていませんので、「税込」がないのは望ましい表示といえるかもしれません。
ところが、税込の表示がないことで、消費者からは「これって税抜なの? それとも税込なの?」と聞かれるかもしれないことも想定されるでしょう。
この点については、不思議に思うところがあります。
仮に課税事業者だったとしても、総額表示の義務としては「税込」の記載がない状態、つまり「1,100円」だけでも表示しても、それは売価である「税込1,100円」を意味するものだったはずです。
免税事業者が「1,100円」と書けば、当局がいうところの消費税の収受は本来想定されていない売価(たんなる本体価格のみ)です。一方、課税事業者が「1,100円」と書けば、これは「税込1,100円」としての売価を意味します。
しかし、世間的に出回る表示の多くが、税抜を過剰に意識させる
1,000円(税込1,100円)
というようにエスカレートしつつある結果、わざわざ「税込」を付記しないと、その金額が税抜か税込かはよくわからない状態になっています。
このことから、税込と書かないことで、「これって税込なの?」と聞かれるという煩雑さが生じるデメリットが想定されます。
「これって税込なの?」の質問にどう答えたらいいのか?
これに加えて、さらに気になる点を述べてみます。
もし、免税事業者が「1,100円」とだけ価格表示をしたところ、お客さんから「これって税込なの?」と聞かれたときには、どう答えたらよいのでしょうか。
もしその質問に「税込です」と答えたならば、先に述べたのと同じように「それならインボイスを発行してください」というパターンに陥ります。
一方で、「それは本体価格で~」といえば、「え? 意味がわからないけど、けっきょく消費税はかかるの?」などと聞かれて、延々と説明を要することになり、さらに煩雑なことになります。
免税事業者の意味を伝えるのは、ハッキリいって「苦行」に近いものがあるでしょう。
「当店では消費税はいただいておりません」はどうか?
それならどうすればいいのでしょうか。ここまで書いてふと思ったのですが、「当店では消費税はいただいておりません」という、あの禁断のワードは使ってもいいのでしょうか?
この宣伝文句を禁じた消費税転嫁対策特別措置法はすでに廃止されていますので、法的にはおそらく問題ないはずです。
それに、免税事業者が消費税(相当額)をいただくことが想定されていないことは、前述のとおり、国税庁のQ&Aにもしっかり記載されています。
消費者の誤解を防ぐ上では、「税込」とも記載しづらいし、価格が「税込か」を聞かれても「税込」ともいいきれないし、説明も煩雑になりすぎます。
それならいっそのこと、「当店では消費税はいただいておりません」という、あの禁断のワードを使うのが利便性が高いようにも思われます。
……まるで、黒魔術による「復活の儀式」のような気分を覚えますが、どうでしょうか。
まとめ
免税事業者を継続した場合の価格表示について、気になる点を整理してみました。
- 価格表示で「税込」がなければ、税抜かもと思われて、問い合わせを受けるかもしれないし、説明も煩雑になる
- もし「税込」と書けばインボイスが発行できると誤解される恐れもある
という点が気になっています。
上記を比較してみると、「税込」と書くことのデメリットはかなり気になります。そうなると、多少の面倒は承知でも、税込を外した金額だけの表示にせざるを得ないのではと思われます。それが当初の想定どおりなのでしょう。
そもそも、単なる金額表示だけで、課税事業者であっても免税事業者であってもそれが売価を示すはずです。しかし、税抜表示が過剰に強調されている結果として、このような想定外の事態が生じている、ともいえるでしょう。
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