「未来投資戦略2017」に掲げられた財務・会計領域等のクラウド利用率の目標値について考えます。第4回目(最終回)の記事です。
説明のポイント
- 会計ソフトを利用していない企業の9割は、現状を変える予定はない
- 中小企業のネットバンキングの利用率は6割程度で、クラウド会計の利用率の上限も同じ程度と推測
- 急拡大期は終わったのではないか、という観測
これまでの記事のおさらい
「未来投資戦略2017」の目標値では、財務・会計領域等のクラウド利用率を、2017年時点の4倍の「4割程度を目指す」ということでした。
第1回目は、その2017年時点の利用率における「約1割」の根拠を探すところから始めました。
第2回目は、クラウド会計の定義と、会計ソフトの利用状況は会計事務所の影響力が強いこと、そしてクラウド会計の利用率が高まる経路を説明しました。
第3回目は、クラウド会計を取り巻く利用状況について、若手経営者、企業規模、個人事業主を中心に確認しました。
4回目となるこの記事でも、クラウド会計の利用率について考えていきます。最後のまとめもあります。
【7】会計ソフト未利用企業、9割は現状を変える予定はない
現状において「会計ソフトを使っていない」と回答している中小企業も、それなりにいることがわかっています。
下記のデータでは、経理業務で「表計算ソフトや会計ソフト」を使っていないと答えた中小企業は、13.2%とされています。
引用:中小企業庁委託調査「「決済事務の事務量等に関する実態調査」最終集計報告書」(2016年12月)問29
会計ソフトを使用していない割合はどれぐらいか?
上記の回答では「表計算ソフトと会計ソフトの両方を使っていない」割合が13.2%です。これだけだと、たんに「会計ソフトを使っていない」企業の割合はわかりません。
そこで、逆に「会計ソフトを使用している」と答えた割合を合計してみます。「パッケージ+クラウド+統合システム」の合計で74.9%となりますので、会計ソフトを使っていない割合は25%程度と推測されます。
複数回答が可能な項目なことに留意ですが、中小企業で異なるタイプの会計ソフトを併用することは考えづらいので、問題のない推計でしょう。
この25%のグループについて考えてみます。
法人は複式簿記で帳簿を作ることが強制されていますので、貸借対照表と損益計算書をExcelで作成するのは非常に煩雑です。
そうなると、帳簿を紙で作成するか、会計事務所に全面的な「丸投げ」をしているものと予想されます。
以前の記事【2】3.で示しましたが、会計事務所に「丸投げ」の割合は25%程度というデータがあり、上記の推計とほぼ一致します。やはり、この25%のグループは、会計事務所に「丸投げ」していると考えてよいでしょう。
「自計化」で増える可能性はあるか?
また、クラウド会計の利用者が増える可能性のひとつとして、自社で帳簿をつけるようになるという「自計化」があることを、以前の記事【2】3.でお伝えしました。
しかし、この経路からの流入の可能性は、期待薄であると考えられます。
先ほどの質問で、「表計算ソフト・会計ソフトを使っていない」と回答した企業について、追加の質問をしたところ、「今後においても経理業務にソフトやシステムの導入予定はない」と回答した割合が9割近くになっています。
引用:中小企業庁委託調査「「決済事務の事務量等に関する実態調査」最終集計報告書」(2016年12月)問30
また、わずかながらも「導入予定がある」と答えた4.5%の回答の詳細を見ると、表計算ソフトとパッケージソフト型の会計ソフトが40%程度で、その一方、クラウド会計の割合は20%程度となっていました。
IT化されていない中小企業では、クラウド会計ソフトは選好されにくいことがわかります。
引用:中小企業庁委託調査「「決済事務の事務量等に関する実態調査」最終集計報告書」(2016年12月)問30sq2
【8】相性のよいネットバンキング利用率からの推測
当ブログでは、過去の記事において、インターネットバンキングの利用率について注目する記事を何度か書いてきました。
当ブログがインターネットバンキングに注目する理由は、クラウド会計との利用に親和性があるためです。
つまり、インターネットバンキングを積極的に使っている中小企業は、クラウド会計も選好しやすいと考えられます。
中小企業におけるインターネットバンキングの利用率に注目すると、2012年の調査で50%~60%台という調査結果がありました。
このインターネットバンキングの利用率は2012年のデータですが、2019年の現在でも、この利用率に大きな変化はないと筆者は予想しています。
ちなみに小規模企業のインターネットバンキングの利用率は低く、中規模企業の利用率が高い傾向があります。
これは以前の記事【3】5.で示したとおり、規模が大きいほどクラウド会計の利用率が高いこととも共通しています。
インターネットバンキングの利用率からみるクラウド会計の利用率の上限
インターネットバンキングを利用していない中小企業が、会計だけをクラウド化するというのは、順序としては考えづらいです。
このため、クラウド会計の利用率の上限は、このインターネットバンキングの利用率にあるといってもよさそうです。
ただし、パッケージソフト型の会計ソフトも、クラウド会計に対抗して、インターネットバンキングのデータを取得するソフトを別途提供しています。
このため厳密にいうと、クラウド会計の完全な優位性というのは、やや失われている面も見られます。
【9】急拡大期は終わったのではないか、という観測
あまり大声ではいえませんが、クラウド会計の普及期は一服したのでは……と筆者は考えています。
IT導入に意欲的なグループについては、クラウド会計をおおむね取り入れたのでは、という印象があるからです。
クラウド会計を提供する企業の事業レポートを見ると、その売上高の伸び率に逓減の兆しを感じます。
誤解のないように補足すると、今後はクラウド会計の利用率が伸びない、というわけではありません。利用率は、今後もそれなりに増え続けるでしょう。
ただし、爆発的な普及の可能性は期待できそうもなく、また、パッケージソフト型の会計ソフトからの乗り換えは、会計事務所の強力なバックアップがなければ難しいです。
なぜかというと、以前の記事【2】2.で示したとおり、会計ソフトの利用状況は、会計事務所が強い影響力を持っているからです。
まとめ
以上、4回の連載記事にわたって、政府目標である「2022年6月までクラウド会計の利用率を4割程度」の可能性について考えてきました。
第4回の整理をすると、
- 会計ソフトを利用していない企業の9割は、現状を変える予定はない
- 中小企業のネットバンキングの利用率は6割程度で、クラウド会計の利用率の上限も同じ程度と推測
- 急拡大期は終わったのではないか、という観測
という話をお伝えしました。
【総論】クラウド会計の利用率は4割になるか?
ここまでの全4回で述べた考え方は、すべて公開されているデータに基づいています。その統計をどうみるかは、各人それぞれということになります。
これまでに並べたデータを見る限りでは、クラウド会計の利用率が「2022年6月に4割程度」という目標値は、筆者は「かなり難しいのでは……」という見方をしています。
ここまでの説明の繰り返しになりますが、2010年代後半における会計ソフトの分類は、パッケージソフト利用が60%程度、クラウド利用が10%、「丸投げ」が25%程度になっていると思われます。
このうち、パッケージソフトや「丸投げ」は、業界にしっかり根付いています。これらの層が雪崩を打って、クラウド会計を利用するとは考えづらいです。
また、中小企業におけるネットバンキングの利用率が6割程度ということを見ても、「クラウド会計」で4割という目標達成がいかに難しいかを感じさせるには充分な材料です。
IT化から取り残されたグループがいる
また、この論考を通じて気づいたことは、表計算ソフトも使っていないという、IT化に取り残されたグループが一定割合で存在するということです。
その規模は13.2%であり、じつに8社に1社は、表計算ソフトをつかっていない中小企業ということになります。
中小企業のIT化は、そもそも「クラウド以前の問題」があるのではないか、という問題意識を強く感じさせるものです。この点について述べると長くなるので、機会を改めて記事を書きます。
なぜこのような記事を書いたのか?
税理士がこのような分析をするのは、意外のように思われるかもしれません。
筆者はクラウド会計に関心がありますが、広い視点から状況を把握することは重要と考えています。また、どれぐらいの法人がクラウド会計を利用しているかを語ることも、推奨する立場の責任であると考えています。
とはいえ、筆者は東京の末端の税理士にすぎず、会計ソフト会社から平身低頭される大事務所のような影響力もありません。
だからこのような思い切った自由な分析ができるわけですが、これを読んでいる同輩がいるかはわかりませんが、もし読まれたとして、少しでも業界を考える材料になれば幸いです。
筆者はクラウド会計が、中小企業の効率化に貢献することを疑いませんが、こうした業界の見取り図を見るに、その普及の難しさを改めて認識したしだいです。